茨城症候群

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UFO

yamamoto

  • 2007年6月12日 23:58
  • UFO

この前学校から帰る途中、わたしはUFOを見ました。何の気もなくふと振り返って顔を上げると、夕方の薄紫の空に、上下左右自在にあやしく動き回る光が見えたんです。UFOです。びっくりしました。

たまに人工衛星が光って見えると聞いたこともありますが、あの動きは人工衛星なんかじゃないと思います。あれは絶対にUFOなんです。わたしは初めてUFOを見た興奮で、頭も体も熱くなりました。UFOって、やっぱり本当にあるんだ。感動にも似た興奮でした。

わたしは一緒に帰っていた山本さんに「UFOだよ!」と急いで知らせてあげましたが、山本さんが見たときにはもうUFOはどこかへ行ってしまったようで、あの光はもう見えなくなっていました。とてもがっかりしました。するとUFOを見られなかった山本さんは、「幻覚じゃないの」とわたしを馬鹿にして言ったんです。幻覚じゃないのに、本当にUFOを見たのに、わたしは山本さんに幻滅しました。

よく考えると、山本さんにはいつもそういう所があります。自分の信じられないことには何の価値もないと思っているらしく、山本さんが信じられないことをする人や言う人を自分より下に見て小馬鹿にするんです。山本さんは大切な友達ですが、そういう所が嫌いです。

次の日、学校のクラスの女子の間では、わたしがUFOを見たという話題で持ちきりでした。教室の中で耳をよく澄ますと、UFOUFOという単語がぼそぼそと聞こえてきたので間違いはありません。山本さんはおしゃべりだったので、きっと山本さんがクラス中にきのうのわたしのことをぺちゃくちゃとしゃべったんだと思います。

わたしが話題になるのは別にいいんです。でも、その話題はわたしのいない所でされていました。わたしがその話の輪に加わろうとすると、特に無視されることはないんですが、明らかにわたしについてではない別の話に切り替わるんです。わたしが近づいた前後の会話の繋がりが強引でめちゃくちゃだったので、誰にでも分かることです。わたしはわたしについての話題の中で、けなされていたんだと思います。UFOを見たとかわけの分からないことを言ってる、あの子は頭がおかしい。そう言われていたんだと思います。

朝の学級会の間、わたしの頭の中は悔しさと恥ずかしさと心苦しさで一杯でした。肩を狭めてうつむいて座っていても、後ろから冷たく鈍い視線を感じたんです。あの時の教室ほど居づらい空間はありませんでした。静まりかえる教室の中で、クラスのみんなは心の中でわたしのことをUFOUFOと馬鹿にしていたに違いありません。どうしてこんな状況になってしまったのか。わたしは山本さんをうらみました。憎みました。横目を山本さんの方へやると、楽しそうに、本当に楽しそうに微笑んでいました。わたしは先生のくだらないシャレにも笑える気持ちではありませんでしたが、山本さんは笑っていました。数メートルも離れていないわたしの気持ちなんか何にも知らないで、明るく笑っていたんです。わたしは唇をかみしめ、手を握り、わなわなと震えました。

『山本さんがいなければ…、山本さんなんか、いなくなっちゃえばいいんだ…!』


次の日学校へ登校すると、山本さんの姿がありません。欠席かと思いましたが、そうは休まない元気で丈夫な子です。さすがにきのうは山本さんにいやなことをされて腹が立った日でしたが、毎年皆勤賞をもらっている山本さんが欠席すると心配になります。わたしの大切な友達ですから、何があったのかと朝の学級会で先生に聞きました。すると返ってきた言葉は、予想もできなかった言葉でした。

「山本さん?山本さんって誰?」

山本さんは、いなくなってしまったのです。

  • 2007年6月15日 00:01
  • UFO

家に帰ると、高校生の妹がいました。今までずっと一人っ子だった僕に、何故かその時妹がいたのです。僕は実は二人兄妹だったのかも知れませんが、幼い頃の記憶を思い起こしてもその妹の存在は僕の記憶にはひとかけらもありません。ではこれは誰なのだろうと思ったものの、やはり妹以外に考えられないのです。

妹は高校の制服姿のまま着替えもせずこたつに入って、ワイドショーを見ながらみかんを食べていました。帰ってきた僕に気が付くと、僕を振り返って「おかえり」と一言言いました。僕はそこにいた妹の名前も知りませんでしたが、これは僕の妹なのだと思い、「ただいま」と返しました。

「お兄ちゃん、今日、家庭教師のバイトでしょ」

妹はもぐもぐとみかんをほおばりながら言います。どうしてこの見知らぬ妹は僕のバイトのことまで知っているのだろう。僕の方はまるで初対面なのに。そう思いましたが、やはりこれは僕の妹なのです。妹なら、兄のバイトのことも知っていて当然なのです。

「うん、今日は二丁目の山本さんの子を教えてくるよ」

僕がそう言った時、妹の顔が一瞬変わって引きつった様子になりました。何か僕の言ったことが妹のしゃくに障ったのかも知れませんが、すぐに元の穏やかな顔に戻ったので僕はひとまずその疑問を収めました。

妹はこたつの合い向かいから、無表情のままみかんを一つボールのようにころころと僕の方へ転がしました。しかしみかんは丸いボールではありませんから、そう上手くは直線に転がりません。みかんはこたつの上でいびつなカーブを描いて、やがて僕と妹の間の誰もいないところへぼとりと落ちました。

妹は何も言いません。僕も何も言いません。落ちたみかんはほんのしばらくの間ひとりで放っておかれましたが、ずっと放っておく訳にもいかないので僕は手を伸ばしてみかんを拾い上げました。落とされた衝撃で中身がぐちゃぐちゃになってはいないかと思いましたが、皮を剥いてみると特に変わりはありません。僕はいつものように、皮を剥いたみかんを丸ごと口にほおばりました。冬の甘いみずみずしさが、口の中いっぱいに広がります。

「このみかん、甘いなあ」

「…どこが?」

僕のみかんへの率直な感想に、妹は冷たく答えます。僕は少し寂しくなりました。今まで一人でしたから機会はありませんでしたが、誰かに意見の共有を求めた時にそれが拒否されてしまうということは、ずいぶん悲劇的な出来事であると感じたのです。そして精神的によくありません。僕はこれからこの妹と過ごしていく時間に、不安を感じました。

「…お兄ちゃんなんて嫌い」

妹は突然立ち上がりそう言い放つと、かばんを持って家から出て行ってしまいました。どこへ言ったのかも分かりません。僕は驚く暇もなく、ただこたつで甘いみかんを食べているだけでした。

やがて夕方頃、僕が家庭教師へ行く準備をしていると、家のブザーが大きく鳴りました。こんな半端な時間に誰かと思いながらドアを開けると、大学生と小学生くらいの二人の妹が笑顔で立っていました。

「ただいまあ、お兄ちゃん」

先ほどの妹と同じように、僕はその妹たちを見たこともありません。もちろん名前すら知りません。けれど、それは紛れもなく僕の妹たちなのです。

「おかえりなさい」と僕が言うと、二人の妹は寒かった寒かったと言いながら家へと入りました。二人は伊勢丹の紙袋を持っていましたから、駅のそばの伊勢丹へ買い物へ行ってきたのでしょう。そこに小学生くらいの妹が、僕が出かけることに気が付いた様子で訊ねてきました。

「あれお兄ちゃん、どこ行くの」

「二丁目の山本さんのところに家庭教師に行ってくるよ」

僕がそう答えると、妹は突然ぐすぐすと泣き始めました。大学生の妹も、悲しげな顔をしてため息を吐いたのです。僕は何が何やら、訳が分かりませんでした。

そう言えば先ほどの高校生の妹も、僕が二丁目の山本さんの家に行くと言うと途端に表情が変わりました。もしかするとこの二丁目の山本さんという点に、妹たちは不満があるのかも知れません。けれどいくら妹たちが不満を持ったとしても、あるいは出て行ってしまったとしても、契約ですから家庭教師には行かなければいけません。

二人の妹たちが暗く静まる中、家庭教師の約束の時間が迫っていたので、僕は「行ってきます」と二人に声を掛けて家を出ました。二人はうつむいたまま僕の言葉に反応もしなかったので、僕は後ろめたい気分に襲われました。

二丁目の山本さんの家までは自転車で五分も掛かりません。下見こそしませんでしたが、この近辺は幼少の頃から遊んでいる、言わば僕の庭です。住所さえ分かれば、地図を見ずとも行けることができるのです。

そのはずでした。しかし、山本さんの家が見つかりません。約束の時間には余裕を持って家を出たのですが、山本さんの家を探している内にとうとう時間が過ぎてしまいました。僕は焦りました。家庭教師の契約を解除させられるかも知れない、そうなれば僕の生活費が激減してしまうのですから。

うろうろしていると、女の子が一人泣きながら道路に立っていました。それは、僕の妹でした。顔も名前も知りませんでしたが、僕の妹だったのです。

「お兄ちゃん…」

その妹は、僕の顔を見るなり安心したのか、泣いて抱き付いてきました。僕は焦ってはいましたが、泣く妹の前で慌てた様子を見せれば妹をますます不安にさせてしまうでしょうから、落ち着いた様子でどうしたのか妹に訊ねました。すると妹はこう言いました。

「山本さんが、いなくなっちゃったの…」

yamamoto 2

  • 2007年7月28日 01:27
  • UFO

yamamoto

先生は「山本さんなんて知らない」と言いました。初めわたしは、先生が悪い冗談を言っているものだと思ったんです。だって、山本さんはクラスで一番目立つ上に出来のいい子でしたし、先生もとても真面目な性格でしたから、山本さんのことを知らないなんて酷い冗談を言うとは思えませんでした。けれども、先生の目には冗談のじの字も見えませんでした。先生は、本気で山本さんを知らないと言っていたんです。

まさかと思い山本さんの席を見ると、そこには山本さんの後ろの席だったはずの男子が自分の席のようにくつろいで座っていました。そしてその男子の後ろの席には、山本さんの二つ後ろの席だったはずの男子が座っていたんです。そしてその後ろも、その後ろの後ろも…。山本さんの席のあった列は、一つ席が少なくなっていました。まるで山本さんの席が一つ外されたかのように。いいえ、"まるで"ではありません。実際に山本さんの席がそのまま消えてしまっていたんです。そしてそれを誰も疑問にすら思わずに、いつもの通りに過ごしている。わたし以外は。

率直に言って、わたしにはわけが解りませんでした。どうして山本さんの席が消えて無くなっているんだろう、どうしてみんないきなり山本さんのことを忘れてしまったんだろう。まるで山本さんが初めからいなかったみたいに。そこでふと、わたしは昨日わたしが心の中で思ったことを思い起こしました。

―――山本さんなんか、いなくなっちゃえばいいんだ―――

まさか、まさか…。それは、わたしが一時の怒りで感じただけのことなんです。決して本心から山本さんに消えて欲しいと思ったわけではないんです。もちろんそのくだらない思いが通じてしまったなどとは思えませんし、思いたくはありません。でも、実際にその思い通りに山本さんは消えてしまったんです。

その日、わたしは不思議な気持ち、これは夢なのかも知れない、でも夢にしてはその他の事実があまりにも現実的過ぎて歯がゆく思う気持ちにとらわれたまま、学校での一日を過ごしました。当然、授業はぼーっと眺めているだけで、話の内容も耳から反対の耳へと通り抜けていくだけでした。ずっと、どうして山本さんはいなくなってしまったのか、それだけを考え続けるしかなかったんです。

そんな調子でしたから、わたしは友達にも変な様子に思われました。山本さんについて考えていたと答えても、誰一人として知っていると答える人はいませんでした。それどころか、奇妙な視線を浴びることになってしまったんです。そう、ちょうど山本さんに、わたしがUFOを見たと言っていたことを言いふらされた時のように。しかし冷たい視線なんてもう気にもなりませんでした。わたしの頭の中は、山本さんのことでもう一杯だったんです。

学校の帰りに、わたしは山本さんの家へと立ち寄ろうと考えました。学校では山本さんはいなくなったことになっていましたが、それは学校側の何かの都合のせいなのかも知れません。だから家では山本さんは元気でいるのかも知れない。そう思って、どきどきしながら山本さんの家へと向かいました。

ところが山本さんの家は、文字通り跡形もなく綺麗さっぱり無くなっていました。取り壊されて更地になったのではありません。山本さんの家がそこにあったことすらも、無かったことにされていたんです。学校で起きたことと、全く同じでした。山本さんの家だった空間ごと、私たちの住む世界の次元から切り取られて、そこにぽっかり空いた隙間が周囲の空間で埋め合わせられていたんです。

わたしは山本さんの家があるはずだった場所の前で、おろおろと立ちすくんでいました。山本さんの家の両隣だった家が、山本さんの家を忘れてしまったかのように隣り合って並んでいました。そんな光景を目の前にして、わたしはどうすればいいのかおろおろと戸惑うしかできませんでした。

わたしの一番の友達だった山本さん、その明るく暖かかった存在が、学校でも、学校の外でも、わたし以外の人の記憶の中では無かったことになっている。そしてみんなの記憶の中からのみならず、この世界の空間からもすっぽりと消し去られている。わたしが一緒の時間を過ごした山本さんという存在は、もしかするとわたしの、わたしだけの幻想に過ぎなかったのかも知れない。でも、決してそんなはずはないのに。わたしの思い出の中では、山本さんはしっかりと存在している。そして山本さんはまぶしい笑顔を振りまいている。山本さんとみんなで過ごした楽しい時間は、今でもわたしの宝物。なのに、なのに…。

考えれば考えるほど湧き上がる理不尽な思いに駆られて、わたしはとうとう泣いてしまいました。まるでわたしの頭の中にある山本さんとの思い出が、温かい水滴となり涙に混じってこぼれていく感覚でした。いけない、それじゃ大切な大切な山本さんとの思い出が消えてしまう。泣いちゃだめだ。そう思ってはいても、涙は一向に止まりません。ぽろぽろとこぼれる熱い涙をどうしようもできないまま、わたしは消えた山本さんの家の前でただ立ち尽くすしかありませんでした。

そこに左の路地から自転車がふらふらと走ってきて、わたしの横で止まりました。誰かと思い顔を上げると、わたしのお兄ちゃんでした。

「お兄ちゃん…」

わたしはお兄ちゃんの顔を見て何だかとてもほっとした気分になり、思わず抱き付きました。ちょうど見ず知らずの町で一人迷子になった子供が、人混みの中からよく見慣れた母親の顔を見つけ出した時の気持ちに似ています。わたしの今の状況は、まさに見ず知らずの町に置かれた迷子でした。山本さんという存在一つが消えただけで、わたしの心持ちも普段の町並みもがらりと変わってしまったんです。

いつもなら抱き付きもしないわたしが泣きながら抱き付いてきたんですから驚いたんでしょう、お兄ちゃんは少しぎょっとした表情をして何があったんだとわたしに訊きました。

「山本さんが、いなくなっちゃったの…」

黒猫

  • 2007年10月 7日 23:31
  • UFO

どこまでも続くかのような暗く冷たい下水道を抜け、マンホールから顔を出すと、小さな黒猫が座ってこちらを見ていました。まるで、私を待ち構えていたかのように。

黒猫は、不機嫌そうにその髭を前足で撫でながら声を掛けてきます。

「おい、小娘」

黒猫とお話するなんて滅多にないことなので、私はまごついて答えに窮しました。するとなおも黒猫は話し掛けてきます。

「おい」

「はい、なんでしょう」

小さな黒猫が出す脅すような大きな声に、今度は応えずにはいられませんでした。応えた私を睨むようにしながら、黒猫はゆっくりとこちらへ近寄ってきます。

私は気が小さいものですから、この黒猫に引っ掻かれるものとばかり思いこんでびくびくしていました。マンホールから顔だけ出して怯えている様子は、ずいぶんと間抜けた格好でしょうが、その時はそのようなことを気にしている余裕はなかったのです。

そうして黒猫は、私の不安な顔にげんこつ一つ分までの場所に近付くと、突然両前足を上げて叫びました。

「俺は、ヤマモト、黒猫のヤマモトだ」

捨て猫

  • 2007年10月11日 22:11
  • UFO

下宿先に遊びに来ていた妹が、猫を拾ってきた。薄汚い小さな猫。妹は勝手に猫を拾っておきながら、俺の部屋で飼えだなんて言う。身勝手極まりない、非道い妹だ。俺には猫を飼う余裕なんて、資金的にも時間的にも精神的にもなかったものだから、もちろん元に戻して来るように言った。すると妹は自分の非道なことを棚に上げて、俺の責任がどうのこうのと言って取り合わない。拾ってきた時点で責任が生まれてしまうのだよ、と言っても妹はその責任すら俺になすり付けようとしている。人間の言葉が解ることのない猫は、訳も知らずににゃあにゃあと鳴いていた。

妹は議論をそっちのけにして、どこから引っこ抜いてきたのか猫じゃらしで猫と遊んでいる。そして猫には「ヤマモトさん」などと名付けていた。およそ猫の名前らしくない名前。妹によると、猫の方が自分をヤマモトだと言ったのだという。もはや俺の理解出来る範疇を超えている。妹は、頭の中にお花畑が咲いているような人間たちの仲間入りをしてしまったのだろうか。

妹はなおも続けて、この猫、ヤマモトさんの出自を説明する。まずヤマモトさんは、元々は人間だったという。そこにある時、空間に歪みが生じて一家離散、ヤマモトさんは猫になってしまった。家族はどうなったか知らない。このヤマモトさんが猫となったのなら、他の家族は犬や鳥にでもなったのかも知れない、ということらしい。

まあその話が事実だとしたら、可哀想な猫だ。しかし如何にしろこの頭がお花畑の妹の言うことである。まともに信じられるはずがない。いずれにしても、捨てられ拾われたこの猫は可哀想な運命なのだろう。

捨て猫2

  • 2007年10月15日 20:22
  • UFO

捨て猫

妹の言うように、この野良猫がヤマモトという人間だったということを信じようが信じまいが、俺の部屋の居候として飼うことが無理なことは明白だった。だが、再び捨てるわけにもいかない。もうこの部屋へ連れられて来た時点で、この猫の行く先は決まっていたのだろう。

保健所。市の保健所に収容してもらうしかない。収容された後、この猫がどうなるかなんて分からない。俺は分からない。もちろん保健所では収容された後にどのように扱われるかは知っている。収容されているうちに、新しい飼い主に選ばれることがあるということも知っている。けれどもそれは、ほんの一部の幸運な動物だけなのだ。すなわち、その他大部分の動物たちは、どうなるか。それは誰もが知っている。知ってはいても、俺はこの目の前に猫がどうなるかなんて、分かりたくない。

愚かな妹はまだ猫じゃらしで猫と戯れていた。こちらの気持ちも考えもせずに、まあよく楽しげに笑っていられるものだ。きっと妹の頭の中では、この猫はもう俺の部屋の住人になっているのだろう。ヤマモトさん、ヤマモトさんと呼び掛ける妹の幸せな笑顔が、なんだかとても憎らしく思えてくるほどだった。

妹が帰り支度を始めて、俺はこの猫を一晩しか預かれないことを言った。妹は訳が分からないと言いたげな顔をしていたが、沈黙のうちにこちらの言いたいことを理解した様子で、それはダメだと言い寄ってきた。ヤマモトさんは人間なの、いつか人間に戻れるから、と相変わらず頭がお花畑なことを言い続けている。しまいに俺は怒った。

無言のまま妹は帰って行った。部屋にはこの可哀想な猫を置いて。兄の俺には愛想を尽かしたようだ。信じようのない話をし続けた妹は、どこかおかしくなってしまっていたのだろうか。俺は妹が心配になった。

さて、この猫、今晩は段ボールの中にでも入れて、明日、連れて行こう。

Goodbye Blood and Rose

  • 2007年11月26日 14:13
  • UFO

こころが真っ暗になると、何も見えなくなります。何も見えなくなりますから、何もできなくなります。ああ、鬱々しい。

ヤマモトさんは私の前からいなくなりました。どこかへ消えていきました。何も告げず、いなくなってしまったのです。もしかすると、私がヤマモトさんを見ることができなくなってしまったのかも知れません。けれどもそんなことはどちらでもいいことなのです。ただ、ヤマモトさんは私の前からいなくなってしまいました。これだけが事実なのです。

ヤマモトさんが消えて見えなくなってしまってから、私はずっと悩んでいました。ヤマモトさんは一体どこへ行ってしまったのだろう、どうして私の前からいなくなってしまったのだろう。四六時中ずっとそうやって悩んでいましたから、次第に身体も壊れていったのです。眠れなくなり、食べられなくなり、痩せていき、話もろくにできなくなり、外にも出られなくなり、そのうち世の中の全てのことを考えることも嫌になりました。けれどもいくらそのように悩んだところで、ヤマモトさんが再び現れることはなかったのです。きっとこれからも同じでしょう。

それならば、私は行動するしかないのです。そう気付きました。悩んではいけないのです。鬱々と悩むことで、行動に枷が付けられてしまうのです。そして行動しなければ、私は悩みの中に永遠に閉じ込められてしまうのです。

もはやヤマモトさんは二度と私の前に現れないでしょう。それでいいのです。それが私とヤマモトさんとの運命だったのでしょうから。それでいいのです。それでいいのです。

さようなら、ヤマモトさん。

手伝いサンタ

  • 2007年12月 5日 16:05
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私はサンタさん。正確には、サンタのお手伝い。今年から、借金まみれでズブズブのおじいちゃんを手伝うことになったの。ばかなおじいちゃん。「これからは投資の時代だ」なんて言って慣れない先物取引なんかに手を出しちゃって、あっと言う間に借金が雪だるまみたいに膨れあがって、今じゃ借金取りにぺこぺこしながらあちこち金策に回ってる現状。"子供たちに夢を与えるサンタさん"が聞いて呆れちゃう。ほんとばかなおじいちゃん。

でもおじいちゃんは優しいの。私が六歳の時、パパとママは発情期のトナカイたちに撥ねられた上にシロクマの家族に食べられて死んじゃったんだけど、独りになった私を小学校、中学校、高校と卒業させてここまで育ててくれたのは他でもない、おじいちゃん。おばあちゃんと早くに死に別れたらしいんだけど、サンタクロースのお仕事で忙しい中、私を男手一人で育ててくれたの。家事も得意だし、何より料理も上手。私にとって何一つ欠点のない自慢のおじいちゃんなんだ。借金まみれになるまではね。

でも借金まみれになったって、おじいちゃんはやっぱり優しくて明るいおじいちゃんのまま。私の前では借金の愚痴もこぼさないおじいちゃんのこと、私は大好き。おじいちゃんを手伝うって言ったのも、私がおじいちゃんがこれまでしてくれたことのお返しをしたいと思ったからなの。おじいちゃんの借金を少しでも減らせるように、私は頑張るんだ。

サンタクロースの仕事。これはもう誰でも知っているかも知れないけど、子供たちのお願いを聞いてプレゼントを届けること。このお願いを聞くって段階が一番面倒なんだよね。子供たちから直接聞くわけができないから、子供たちの親から間接的に聞くことになる。でも戸別訪問するわけじゃないよ。十二月の初めから中頃、地域ごとに秘密の集会が行われて、そこで親が子供たちの希望を伝えるって形式が主流になってる。今はインターネットで受付とかできるみたいだけど、便利になったもんだね。

サンタクロースは一人しかいないって信じてる人もいるかも知れないけど、ほんとは違う。元々は代々世襲制で、ヨーロッパの富裕層の病気の子供たちを喜ばせるために一人でプレゼントを届けていたんだって。でもそのうち1840年頃からもうサンタクロースの存在が世界中の子供たちに知れ渡っちゃって、一人の手じゃとても負えなくなったの。ほら、サンタクロースって基本的に善人でいなきゃならないって建前があるから、全ての子供たちに平等でなきゃいけないでしょ?逆に言えばサンタクロースを知らない子供たちには平等でなくてもいいってこと。だからそれまでは一人でもなんとか回れてこれたらしいんだけど。ある意味嫌な性格だよね。

それで1845年から、毎年三月に国際サンタクロース会議がフィンランドのロヴァニエミで開かれて、サンタクロースとなる人が決められることになったんだ。デンマークで開かれる世界サンタクロース会議とは別物だからね。サンタクロースは八割くらいが前年と同じ人間が務めることになってる。残りの二割は、高齢のために引退するか素行不良で追放されて、代わりの新人が任命されているの。新人って言ってもみんな60を越えてるんだけどね。今年は全世界で4293人のサンタクロースが選ばれてるんだ。おじいちゃんもその一人。こうして考えると、誇らしいなあ。

今年は私もお手伝い。今はおじいちゃんと一緒に集会へ行って、子供たちの願いを親御さんから聞いている段階なんだけど、これからもっと忙しくなるんだろうなあ。色々なところにプレゼントを発注して、地域ごとに仕分けして、そしてお届け。頑張らなくっちゃ。

UFO

  • 2007年12月18日 23:56
  • UFO

政府は嘘をついています。だってわたしは、UFOを見たんですから。実際にこの目で見たんです。夕方の空に浮かぶUFOを、見たんです。間違いありません。あれはUFOなんです。UFOは存在するんです。UFOの話をわたしから聞いた後、政府に関係する人に話してしまったから、山本さんは政府に消されてしまったのでしょう。この世界での存在も、みんなの記憶からも、政府は山本さんに関する全てを消してしまったのです。怖いことです。ああ、次はきっとわたしが政府に消される番なのかも知れません。

手伝いサンタ2

  • 2007年12月23日 21:15
  • UFO

手伝いサンタ

住人Aの証言

朝早く、ばんばんと玄関の扉を叩く音がしたので、何事かと思って恐る恐る見に行ってみると、見ず知らずの女の子が戸口に立っていたんです。高校生くらいの可愛らしい女の子でした。

それがねえ、おかしな格好をしていたんですよ。おかしな格好、そう、サンタさんのね。真っ赤な帽子、真っ赤な服、真っ赤なブーツ。白い髭以外はまるっきりサンタさんに成り切っていました。この近くでコスプレ大会があるわけでもないし、一体何なのだろうと思いましたね。こんな格好で、朝早くから人の家の扉をばんばんと叩くなんて。普通じゃ考えられませんよ。強盗かと思ったくらいでしたもの。

その女の子は、泣いていました。目を赤く腫らして、ぽたぽたと涙を流して、泣いていたんですよ。私はどうしたのかと思って、話を聞いてみたんです。そうしたら、弱々しい声で言ったんです。「おじいちゃんが、いない、いないんです」って。でもね、知りませんよ、あなたのおじいちゃんなんて。大体あなたのことすら私は知らないんですから、うちに来ても何も分かりませんよって。そんなことは言いませんでしたけどね。取りあえず、警察へ行ってそのおじいさんが保護されていないか聞いてみたら、と言って帰しました。

まあいい迷惑でしたね。その女の子には悪いですけど。私だってね、暇じゃないんです。この年末で色々忙しいのに、朝っぱらから誰だか分からない人の相談なんて受けるなんて冗談じゃありませんよ。本当に迷惑ですね。

警察官Bの証言

僕はちょうど交番の宿直勤務明けの朝で、近くで買った弁当を食べていました。唐揚げ弁当です。おいしいんですよ。僕、唐揚げ大好きなんです。朝から脂っこいものを食べるのを避ける人は多そうですが、僕はそんなの構いません。脂っこくても、あのカリカリの唐揚げが好きなんですから。それにね、安いんですよ。ほかほかの白いご飯と唐揚げ5つが入っていて、410円。安いでしょ?もう明けの日はいつも唐揚げ弁当を食べています。あの弁当屋がなくなったら、僕、どうしようかと思いますね。コンビニの唐揚げ弁当なんて嫌ですよ。値段は高いし、唐揚げはかさかさだし。食べる気にもなりませんね。だから僕、あの弁当屋が潰れちゃったら異動願いを出そうと思ってるんです。本署でも色々やってみたいですからね。

ああ、そうですね、女の子のことですか。そう、僕は唐揚げ弁当を食べていたんです。おいしい唐揚げ弁当です。本当は休憩室で食べるのが決まりなんですけど、何せもう一人の当番の田中君がちょうど外へ出て行っていましてね、奥に入っちゃうとまた警官がいないとか何とか言われちゃうんで、表で食べていました。田中君は中年のおばさん同士が争っているとか何とかで、現場に行ってしまってたんです。年も暮れだから、何かと物騒なんですよ。この前なんか、年老いたおじいさんが屈強な黒スーツの男と殴り合い寸前の口喧嘩をしていましたからね。大体そういうのはお金の問題なんです。お金っていうのは、本当に怖いものですよ。軽い気持ちでお金の貸し借りはしちゃダメですよ。お金の貸し借りは、命懸けなんです。

ああ、そうそう、女の子ですね。交番内のデスクで僕は唐揚げ弁当を食べていたんです。3つ目、いえ4つ目の唐揚げを口に入れた時でしたね。ぬっ、と、赤い影が視界に入ったんです。ぬっ、とです。はっとして顔を上げると、そこには女の子がいました。イベントコンパニオンかなんかだったんでしょうかね、真っ赤なサンタクロースの格好をしていたんです。可愛らしい格好でしたよ。でも女の子は、その可愛らしさとは不相応な、悲しげな顔をしていました。それを見て、僕は直感的に思いましたね。ああ、これだけ可愛いんだから、変な男に追い回されたり悪戯されたんだろうな、って。全くおかしな世の中ですからね、何があっても不思議じゃありません。事情を聞こうと、僕はその女の子を暖かい交番の中へ入れました。

まあいつも僕の直感は当てになりませんからね。その女の子が泣いていた原因というのが、何でも朝起きたらおじいさんがいなくなっていたということなんです。待っていても帰って来ない、家中探してもいない、近所を探してもいない、何処を探してもいない、それでここに来たと言うんです。朝散歩の趣味があったかと問うと、それはない、痴呆の気があったかと問うと、それもない、結局突然いなくなってしまったということらしいんですね。それじゃ何処かでそのおじいさんが保護されてはないかと、おじいさんの名前と特徴を聞いてから電話で本署に照会してみました。身長180cm前後、やや肥満、白髪、白いあご髭、高齢男性。該当者はなしとの回答でした。それを女の子に告げると、可哀想に、顔を真っ赤にしておんおんと声を上げて泣いてしまいました。

でも何処にもいないというんですから、仕方がありませんよね。取りあえず捜索願を出すかと聞くと、必要書類がないので出せないと言います。まあそうでしょう。突然おじいさんがいなくなっておろおろしている時に、書類を用意する余裕もありませんよね。ひとまずこの案件は交番で預かっておき、また書類を揃えてから改めて来て頂くことになりました。

帰り際、女の子は泣くのを止めて小さな声で「お世話になりました」と声を掛けてくれました。まあまだ未成年だというのに、しっかりしているなと思いましたね。早くおじいさんが見つかってくれればいいんですけどねえ。僕は一息ついた後、また唐揚げ弁当を食べ始めました。唐揚げも白いご飯も、すっかり冷めていました。うん、まあ仕方がないです。

コンビニ店員Cの証言

俺、フリーターなんすよ。悪いっすか?年金とか知んません。貰えるまで生きてるなんて限んねえし。遺族年金?俺ずっと独身でいるつもりだし。俺が払うってんなら、俺がその返しを享受しなきゃ意味がないんすよ。死んじゃったら貰えないっすよね?貰えないものを払うよりも、払わない方が得じゃん?だいたい月に一万いくらも払うなんてさ、やってらんねえんだよ。一万あったら一週間生活できるんすよ?未来を憂うより今を憂わなきゃあね。あ?間違ってるって?うるせえな、文句は社会保険庁に言えよ。

で、何?女の子?…俺さあ、いちいちお客さんのことなんて覚えてないんすよ。あんた、コンビニに一日何百人来ると思ってんの?俺朝から晩まで働いてんだけど、その間三百人は来るよ?三百人。覚えられると思ってんの?あんた、コンビニとか接客業で働いたことないでしょ?あんたは俺を舐めてんだよ。どうせフリーターだからって思ってんだろ?舐め腐りやがって。クソうぜえよ。消えろ。早く消えろ!

コンビニ店員Dの証言

変わった女の子ですか?ええ、確かにうちに来ましたよ。近くの子供会のクリスマスパーティで着るんだと思いますが、サンタの格好をしていましたね。その明るい格好に似合わない、何か妙に暗い顔して、とぼとぼと店内へ入って来ました。

何を買って行ったか?…これ言っちゃっていいんですかね?一応、お客様の購入された内容については守秘義務が課せられているんですが…、まあ人捜しじゃ仕方ないですもんね。ここだけの話にしておいて下さいよ。確か、リンゴジュースと唐揚げ弁当の二点を買って行きました。珍しく二千円札を出したお客様なのでよく覚えています。入ってきた時と同じように、重たそうな足取りで出て行かれました。まあ、色々なお客様がいますからね。気にしていたらキリがありません。

さ、これでいいですか?もうすぐ休憩が終わってしまうので、仕事に戻らないといけないんです。それで、あなたはその女の子のお知り合い?

手伝いサンタ3

  • 2007年12月24日 23:41
  • UFO

手伝いサンタ2

昨日の昼頃、高校の頃の同級生から電話があったんです。山本さんという女の子です。彼女とはクラスが同じだというだけで、特に親しい付き合いはしていなかったんですが、突然電話があったのでびっくりしました。翌日がクリスマスイブだということで一緒に遊びたかったのかと思いましたが、どうやらそれは違いました。

「おじいちゃんが、いなくなっちゃったの…」

そう、山本さんは幼い頃にお父さんとお母さんを亡くして、唯一の肉親であるおじいさんと一緒に暮らしているということを聞いたことがありました。そのおじいさんが、昨日突然いなくなったというのです。山本さん本人にしてみれば、それは相当なショックだろうとは思います。けれども、どうして私に助けを求めたのか解りませんでした。

私と山本さんとは、高校を卒業してからは何の連絡も取り合っていない間柄なんです。高校時代、山本さんには私よりももっと親しかったはずの友達がいました。私なんかよりも、彼女たちに相談をすればいいのです。少なくとも、私が山本さんの立場ならそうします。ところが、山本さんは私に連絡をしてきたんです。全く理解できませんでした。

「お願い…、うちに来てくれる?」

適当に相槌を打っていると、山本さんはそんなことを言い出しました。それを聞き、正直なところ私は困りました。翌日のクリスマスイブに家族で行うパーティのためのケーキを作るために、今日一日はその下準備をしようと思っていたところです。山本さんの家へ行っていたら、色々と材料を買いに行く暇なんてなくなってしまいます。私は迷いました。迷いましたが、私は頼まれると断れない性格です。どうせ一時間もいれば山本さんも落ち着いて、私もすぐに帰れるだろうと思い、行くことになりました。

山本さんの家は、自転車で20分ほどの距離です。すぐ近くに私がよく行く美容院があったので、道には迷わずに辿り着くことができました。一戸建ての平屋の家に山本という表札があることを確認して、私はインターフォンを押しました。するとしばらく経ってから、がらがらと扉を開けて山本さんが姿を現しました。

「山本さん!?」

私は驚きました。きっとおじいさんがいなくなり一人きりで心細く不安なんだろう、さぞやつれているに違いない、私はそう思っていたんです。ところが山本さんの格好を見てみると、これからパーティでも催すかのような派手な格好、真っ赤なサンタクロースの格好をしていたんです。奇妙でした。サンタクロースの格好をしながら、泣き顔なんです。現実ではないかのような光景でした。

山本さんは自分の格好を恥ずかしがることもなく、私を家に招き入れました。テーブルには食べかけの唐揚げ弁当が置かれていました。そしてその周りには、丸められたティッシュがいくつも転がっていました。きっと激しく泣いたのでしょう。おじいさんがいなくなったことは、それだけ山本さんにとってショックな出来事だったのです。

「おじいちゃんが、いなくなっちゃった…」

テーブルで向かい合うと、山本さんはうわごとのように、そうつぶやいていました。私はどう話を進めていいのか分からず、ただ山本さんの目を見ながら頷くしかできませんでした。

「どうしよう、サンタの仕事、一人でやらないと…」

「…サンタの仕事?」

「…そうだ、ねえ、手伝ってくれない?サンタの仕事」

私は頼まれると断れない性格なんです。

X-山本

  • 2008年1月 2日 18:39
  • UFO

手伝いサンタ3

泣き止まない妹を連れて帰ると、家の中には誰もいませんでした。僕が山本さんの家へ家庭教師に行くと言った途端、機嫌が悪くなったり泣き出したりしてしまった、名前も定かではないあの妹たちが、いなかったのです。何処へ行ってしまったのでしょうか。

あるいは、僕はただ幻覚か夢を見ていたのかも知れません。確かに現実であるという確信はありましたが、今さっき山本さんの家が空間ごとなくなってしまったという事実を目の当たりにしてきたのです。何が現実で、何が幻覚であるのか、僕には区別が付かなくなってきたのかも知れません。一緒にいる妹の前では平静を装ってこそいましたが、僕は内心ひどく混乱していたのです。

「山本さん…山本さん…」

居間の灯りを点けると、妹はテーブルに顔を伏せて唸るように声を出しました。きっと妹も、いえ、妹の方こそ混乱しているのでしょう。親友の山本さんが、突然、いなくなってしまったのですから。

僕自身も混乱してはいましたが、それを妹の前で晒し出すわけにはいきません。もしも僕が落ち着きを失ってしまったなら、この妹はその混乱をどこで消化させればいいのでしょうか。妹が塞ぎ込んでしまえば、その一生を不幸の内に過ごすことになるかも知れないのです。そんなことを僕はみすみす許すことはできません。僕が、妹の混乱の消化を助けなければならないのです。

「落ち着いて、テレビでも見ようか」

いつも帰宅するとしているように、僕は居間のテレビを点けました。いつも通りの日常を過ごさなければ、一旦遭遇した非日常はいつまでも消えやしないのです。ですからいつも通り、いつも通りのことをしなければなりません。

テレビでは、ちょうどニュース番組が流されていました。

――「さて、次のニュースです。秋田県秋田市で、一昨日から行方不明になっている二人の少女の捜索が、今日も続けられています。行方不明になっているのは、秋田市に住む…」

そのニュースによれば、二人の少女達が、一昨日の昼から行方知れずになっているとのことでした。彼女たちのうち一人は、奇しくも山本という姓であるそうです。この年末に、何処へ行ってしまったのだろう。どうせ家出か何かなのではないかと思いましたが、次に映し出された画面を見て、僕は吹き出してしまいました。

インタビュー画面には、"少女の祖父"という肩書き文字付きで、顔にモザイクの掛けられた老人が映し出されていました。そこに特には何も感じません。ところが、モザイクの向こうに見える豊かな白髭、そしてその老人の着ている真っ赤な服が、サンタクロースを思わせたのです。いくら昨日がクリスマスだからといって、高齢の一般人がサンタクロースを装わなくてもいいのではないのでしょうか。

――行方が分からなくなった時の状況は?

「わしが悪いんじゃ…。わしが、朝、何も言わずに金策に出て行ったから、きっとその後を追っているうちに…。うっうっ…。わしが、わしが悪いんじゃ…。」

――誰かに会うなどの予定はあったか?

「いいや、そんなふしだらな孫娘じゃない。本当にいい孫娘で…。わしの借金を働いて返そうと、わしの手伝いをしてくれていたのに…。うっうっうっ…。」

僕がインタビュアーなら、「ところで、どうしてそのような格好を?」と訊きたいところなのですが、そこでインタビューは終わっていました。事件に関係ない点は訊かないのでしょう。例え訊いていたとしても、放映はされないのでしょう。老人の服装が気になって仕方がありませんでした。

――「警察では、山本さんらが事件か事故に巻き込まれた可能性があるとして、両面からの捜査を続けています。…では、次のニュースです。…」

妹は、泣き止んで目を赤く腫らしながらテレビを見ていました。いくらか、日常の感覚を取り戻しつつあるのかも知れません。

茨城症候群

  • 2008年1月29日 01:23
  • UFO

「いいかい。国道をここからまっすぐ行って、山へ続く小道を上ってちょっと行くと、もう今は廃墟になった遊園地が見えてくる。敷地は管理区域で普通には入れないんだけど、高い観覧車がまだ建っていて、柵の向こうに見えるはずだよ。遊園地は確か十年前くらいに廃業したんだっけな。まああんな場所に遊園地なんて建てたのが悪いんだよ。あそこはね、そもそもの土地が悪いんだ」

「土地?」

「まあここら辺の人じゃない限り知らなくて当たり前か。明治時代まで、お寺があったんだよ。あの周辺一帯は、全てお寺の土地だったんだ。廃仏毀釈を知ってる?明治の悪名高い、廃仏毀釈。祭政一致の下、仏教を否定して神道にまとめよう、っていう風潮ね。民間にもその風潮は広まって、むしろ拡大解釈されて、寺院がまるで悪の権化であるかのように捉えられることもあった。運動の拡大とともに、お寺の建物が取り壊されて、土地も売りに出されたんだよ」

「寺院の土地だったんですか」

「そう。お坊さんたちの落胆は相当なものだったろうね。何百年も守り続けてきたお寺を、明治政府になった途端半ば強制的に廃寺にされたんだもの。仏教を広める対象の民衆にまで迫害されたんだから。一部は激しく抵抗したらしいんだけど、時代の大きな流れには逆らえず、結局は土地を丸ごと富豪一族に売られてしまったんだ。後世に遊園地を建てたのも、同じ一族の子孫ってわけさ」

「その富豪一族というのが、山本家……」

「うん、常陸山本家といったら、ここらじゃすごい大富豪で有名だったんだ。華族公爵家の分家で、明治に入ってからは色々な事業を始めた富豪だよ。坊さんたちから手に入れた土地も、工場だか何だかの事業に使う計画があったそうなんだけど、結局昭和の戦争の終わり近くまで何にも使われなかった。もったいないね。宝の持ち腐れってやつだよ。もっとも、山本家は他にいくつも広大な土地を持っていたし、事業も複数展開してたいそう儲けていたそうだから、土地の一つを放置していても何の問題はなかったろうけどね」

「山本家はどうしてその土地を活用しなかったのでしょうか」

「常陸山本一族の人間でもない限り、真相は知りようがないね。でも、色々な噂ならあるよ。まあトンデモ話の一種だろうけど。山本家は宇宙人と繋がりがあって、あの土地を宇宙人に貸していたとかね」

「宇宙人?」

「まさか、僕はそんな話を信じちゃいないよ。あくまでも噂だからね。でも、この近辺じゃ戦前から、飛行機でも鳥でもない、空を飛ぶ謎の物体、今で言うUFOを見たっていう人が多いんだ。山の近くに降りるのを見たっていう証言もたくさんある。でもねえ、ツチノコでさえ見つかっていないって言うのに、UFOなんてねえ」

「UFO……。それで、山本家の人々は今は何をしているんですか?」

「山本一族は、今はここら辺には住んでいないよ。あの遊園地が一族の最後の事業。明治の富豪だった山本家は、もう没落しちゃったんだ。昭和のバブルもはじけたし、相続税も払うのに苦労したくらいだそうだしね。遊園地が廃業になってから、揃って東北の方へ移ったって聞いたね」

「東北で何をやっているかはご存知ですか」

「あいにく僕は郷土の研究家であって、常陸山本家の研究家じゃないからねえ。そこまでは知らないよ。ああ、でも一つ言っておくよ。……あまり山本家に深く関わらない方がいい」

「……それは、どうしてでしょうか」

「それは言えない。ただ言えるのは、関わった人間はみんなおかしくなってしまうということだ。心も体も。茨城症候群、って僕たちは呼んでいるんだけどね」

「茨城症候群」

「もう十五年前だったかな。強い不定愁訴や強迫観念に苦しめられる人々がこの近辺で現れ始めたんだ。でも彼らに共通して見られるような症状はなかった。共通点は、ただ茨城の人間であるということだけ。それで患者たちを診た大学のドクターが茨城症候群と名付けられたんだよ。当時は新しい公害かと地元で騒がれたこともあったんだけど、公衆衛生学の権威が調査を行った結果、それは否定された。原因は不明のまま、茨城症候群という名前だけが残ったんだ。ただもう一つ、決して公にはされない裏の共通点があったのさ。常陸山本一族の人間と、何らかの深い関わりがあったということ」

「関わっただけで気がおかしくなるなんて、通常では考えられませんね」

「医学的にはそうさ。でも普通の人々の感覚ではそうじゃない。健康番組で納豆がいいなんて聞いたら納豆を買いに走る人たちだからね。常陸山本家と関わると祟られる、なんて噂が一旦広がってしまうともう止められない。それが何の根拠もなくてもだ。信じる人は信じてしまうんだよ。結局山本家が運営していた遊園地も、その噂のお陰で根も葉もない新しい噂は立てられるわ、来園者数は激減するわで、閉園を余儀なくされたんだ」

「まるで廃仏毀釈と同じですね」

「そう。普通の人々は普通でいるようで、普通じゃないんだ」

穴の中

  • 2008年3月23日 17:01
  • UFO

「ひひひっ、この穴の中で、あんたが落ちてくるのをずっと待っていたんだよ。落ちてこないか、落ちてこないか、そう思いながらもう何年も待ち続けた甲斐があったよ。それで今、こうしてやっと落ちてきてくれた。ひひひっ、ひひひっ」

「お、俺をどうしようって言うんだ」

「ひひひっ、そりゃこれからのお楽しみだよ。実を言うとね、私も知らないんだよ。あんたの運命は、誰も知らない。煮て焼かれるか、茹でて炒められるか。全ては時の気まぐれ次第、全ては時の気まぐれ次第。ひひひっ、ひひひっ」

「ひぃっ、やめて、やめてくれ!出してくれ、俺を今すぐここから出してくれ!」

「ひひひっ、そう焦らなくても、じきに出られるさ。もちろん、今と同じ身体で出られるかどうかは知らないけどね、ひひひっ。じたばたしてもしなくても同じなんだから、まあせいぜい大人しくしていることだよ。ひひひっ」

「嫌だ!死にたくない!俺はまだ死にたくないんだ!出してくれ、ここから出してくれ!」

「ひひひっ、あんたも諦めの悪い五月蝿い奴だね!壁をそんなに叩いたって、誰も助けに来てくれやしないさ。ここはね、あんたの落ちてくる前の次元空間とは別のところなんだよ。どんなに大声を出したって、どんなに強い電波を出したって、あんたの家族やお友達には届かないよ。物理的に完全に隔絶された空間なんだから。私とあんたはここで二人きり。ひひひっ、ひひひっ」

「わっ!やめてくれ!俺に、俺に触らないでくれ!」

「ひひひっ、今から儀式を始めるんだよ。神聖な儀式さ。あんたも山本家の人間なら、分かるだろ?山本家のしきたりを、知っているんだろ?」

「し、しきたり?俺はそんなの知らないぞ。だいたい何で俺の名前を知っているんだ?」

「おやおや!山本家は私との決まり事を忘れてしまったようだね、ひひひっ。あんたも可哀想な奴だ。運命を恨むんならご先祖様を恨むんだね。私との大事な大事な約束を破った、極悪非道なご先祖様をね。ひひひっ」

山本さんは今

  • 2009年6月 9日 01:26
  • UFO

お兄ちゃん、わたし考えたんだけどね。山本さんって宇宙人なのかも知れないな、って思った。

わたしが山本さんにUFOを見たって言ったことがあったでしょ?その時山本さんはわたしのこと馬鹿にして、友達にもわたしが馬鹿だって言いふらして笑いものにして。普段は山本さんはそんな酷いことする子じゃなかったもん。それでね、その理由考えたんだ。

本当は山本さんは、自分がUFOに乗ってきた宇宙人でUFOの存在を知られると困るから、たまたまUFOを見たわたしのことを馬鹿にしてみんなを仲間にしていじめて、孤立させようとしたんだよ。きっとそうして、わたしを追い詰めて社会的に抹殺しようとしたんだ。

そうじゃなきゃ考えられないもん。山本さんが突然いなくなっちゃったことも。あの時、わたし以外の人の記憶から山本さんの存在が消えちゃってたでしょ?そのことも、山本さんが宇宙人だったって考えれば全部つじつまが合うんだよ。宇宙人にしか使えない技かなんかを使って、みんなの記憶から自分に関する記憶を消しちゃったんだよ。

だから、山本さんが消えたんじゃない。山本さんは今もきっと、宇宙のどこかで生きてる。それでそこから地球のことも見てるかも知れない。わたしのことを今も、見てるかも知れないんだよ。

それが余計に怖くてたまらないんだ。今度は、いつかわたしが消されちゃいそうな気がして。もちろんみんなの記憶の中からだけじゃなくて、わたし自身の存在そのものが消されちゃう。そんな感じがするの。だって自分のことをみんなの記憶から消すことができちゃうくらいだもん。わたしを消し去ることなんて簡単にできるはずだよ。

もし宇宙人がわたしを襲ってきたら、わたし戦うから。包丁でもフライパンでも振り回して、絶対に宇宙人をやっつけるんだ。怖くないもん。だからお兄ちゃんも一緒に戦って、ね?お兄ちゃんは背も高いし力も強いし、宇宙人なんていくらでも倒せちゃうでしょ?

でも襲ってきた宇宙人が山本さんだったら、倒せないかも……。だって一緒に仲良く遊んでた友達だし、今もわたしは山本さんのこと好きだもん。大事な友達をやっつけろ、って言われても、わたしには無理だよ。

あっ、もしかしてこの会話も山本さんに聞かれてるのかな。そしたら、山本さん、お願いだからわたしを襲ってこないで。あと、できれば帰ってきて欲しいな。わたし、また山本さんと一緒に遊べたらいいな、って思ってるんだ。ほんとだよ?

……あれ以来UFOを見てないんだけど、山本さんたち宇宙人のコミュニティか何かでお達しが出たのかも知れない。くれぐれもUFOで飛んでるのを人間に見られないように注意するように、って。

あっ、見て。お月様がきれいだよ。……もしかして、あそこに山本さんがいたりするのかな?きれいな月の上で遊んでたり……、そんなわけないよね。

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