茨城症候群

 

山本さんは今

  • 2009年6月 9日 01:26
  • UFO

お兄ちゃん、わたし考えたんだけどね。山本さんって宇宙人なのかも知れないな、って思った。

わたしが山本さんにUFOを見たって言ったことがあったでしょ?その時山本さんはわたしのこと馬鹿にして、友達にもわたしが馬鹿だって言いふらして笑いものにして。普段は山本さんはそんな酷いことする子じゃなかったもん。それでね、その理由考えたんだ。

本当は山本さんは、自分がUFOに乗ってきた宇宙人でUFOの存在を知られると困るから、たまたまUFOを見たわたしのことを馬鹿にしてみんなを仲間にしていじめて、孤立させようとしたんだよ。きっとそうして、わたしを追い詰めて社会的に抹殺しようとしたんだ。

そうじゃなきゃ考えられないもん。山本さんが突然いなくなっちゃったことも。あの時、わたし以外の人の記憶から山本さんの存在が消えちゃってたでしょ?そのことも、山本さんが宇宙人だったって考えれば全部つじつまが合うんだよ。宇宙人にしか使えない技かなんかを使って、みんなの記憶から自分に関する記憶を消しちゃったんだよ。

だから、山本さんが消えたんじゃない。山本さんは今もきっと、宇宙のどこかで生きてる。それでそこから地球のことも見てるかも知れない。わたしのことを今も、見てるかも知れないんだよ。

それが余計に怖くてたまらないんだ。今度は、いつかわたしが消されちゃいそうな気がして。もちろんみんなの記憶の中からだけじゃなくて、わたし自身の存在そのものが消されちゃう。そんな感じがするの。だって自分のことをみんなの記憶から消すことができちゃうくらいだもん。わたしを消し去ることなんて簡単にできるはずだよ。

もし宇宙人がわたしを襲ってきたら、わたし戦うから。包丁でもフライパンでも振り回して、絶対に宇宙人をやっつけるんだ。怖くないもん。だからお兄ちゃんも一緒に戦って、ね?お兄ちゃんは背も高いし力も強いし、宇宙人なんていくらでも倒せちゃうでしょ?

でも襲ってきた宇宙人が山本さんだったら、倒せないかも……。だって一緒に仲良く遊んでた友達だし、今もわたしは山本さんのこと好きだもん。大事な友達をやっつけろ、って言われても、わたしには無理だよ。

あっ、もしかしてこの会話も山本さんに聞かれてるのかな。そしたら、山本さん、お願いだからわたしを襲ってこないで。あと、できれば帰ってきて欲しいな。わたし、また山本さんと一緒に遊べたらいいな、って思ってるんだ。ほんとだよ?

……あれ以来UFOを見てないんだけど、山本さんたち宇宙人のコミュニティか何かでお達しが出たのかも知れない。くれぐれもUFOで飛んでるのを人間に見られないように注意するように、って。

あっ、見て。お月様がきれいだよ。……もしかして、あそこに山本さんがいたりするのかな?きれいな月の上で遊んでたり……、そんなわけないよね。

 

水無月の囚人

何だか心地良いふわふわした場所。オレンジ色だかピンク色だか何と言ったらいいかよく分からないけれど、とにかくそういった気持ちの良い暖色系の空間がぼんやりと見えて僕は目が覚めた。

目覚めの良い朝。爽やかな空気。……違う!僕の周りには爽やかな朝なんてやって来ていない。朝が見えるはずの窓もない。窓どころじゃない、ここは電灯も机も扉もテレビもベッドも何もない、ただ暖色の壁がどこまでもどこまでも続いているように見える、すっからかんの場所だった。

僕はどうしてこんな所にいるんだろう?ここは何処?私は誰?……いや私は僕だ。それは分かる。でもここが何処かは分からない。どうして僕がこんな場所にいるのかも分からない。周りを見渡しても、僕の他には誰もいない様子だった。僕は一人。一人で、こんな場所にいる。

考えている内に何だか僕は寂しくなってきた。自分が寂しいと感じ始めていることに気付くと、頭の中が寂しさで一杯になった。きっと核分裂が連鎖して起こるときもこんな感じなんだろうな。ああ寂しい寂しい寂しい。そのうち僕はとても居ても居られなくなって臨界爆発する。どかーん!

「おーい!」

別に誰かを探すためにその居るべきであろう誰かに向けた叫びじゃない。こんな孤独に僕はただ耐えられなかっただけだ。だって考えてみて欲しい、突然気付いたら見慣れた場所じゃなくて、奇妙奇天烈変てこりんな知らない場所に一人で居る状況。誰だっておかしくなるに決まってる。

だけど僕の叫びは虚しく反響することさえもなく、周りのふわふわに吸い込まれて消えていった。何だこのふわふわ。初めこそ心地良い気持ちの良い場所だと思っていたけれど、何の意味があって僕がこんな場所に居るのか思うと気味が悪くて悪くて仕方がなく思えてくる。

いや待て落ち着くんだ、落ち着け。心臓を今までにないくらいに早く鼓動させている自分自身に言い聞かせて、この状況を何とか受け容れる。僕がこんな場所にいるのは事実だから仕方がない、その事実に至るまでの過程を考えなきゃいけない。

そうして僕は僕の意識を遡る。えっと、眠りに就く前に僕はいつもの通りにベッドの上へ横になった。その前にシロに餌をやり、その前に飯を作って食べ、その前にスーパーへ寄り、その前に大学で講義を受けて……。

……そうだ。“人体解剖学II”。僕はあの講義中に突然睡魔に襲われてその気持ちの良い誘いに抗い切れずに居眠りしたんだ。眠りの中で頭をぽかぽかと叩かれて目を開けると頭の禿げ掛かった講師が目の前にいて僕を睨み付けていた。「おはよう」と言いながらその手に持った箱を僕の顔の真ん前に置いてにやにや。そうやって僕は禿講師の期待通りに驚きの声を上げた。腹をかっ捌かれて内臓を露わにしてホルマリンの海の中に浮き無常を悟ったかのような表情を浮かべるウサギを見ながら。

あの時にきっと時空間に歪みが生じて、現実世界とウサギの内臓とで空間が繋がったんだ。それで僕は今、あのウサギの内臓の中にいる。ほら、よく鼻を利かせれば、あの独特のぷんぷんしたホルマリンの臭いがつんとする、このままじゃシックハウス症候群で倒れちゃう、そんな気さえしてくる。

そんなわけないだろ。ということを僕は分かっていた。ホルマリンの臭いすらしなければ、ここはウサギの内臓の中でもない。“人体解剖学II”が僕にもたらした影響は微塵もない。明らかに、僕は分かっていた。

ただ僕は、否定したいだけだった。目覚めた時から頭に浮かんで消えることのない確信を、どうしても。

ここは、“月の女”の子宮の中だ。

僕は、遂に囚われたのだ。シロももう僕のそばにはいない。頼れるのは、自分自身だけだった。

 

だじゃれオジサン

  • 2009年6月 1日 21:42

昔、僕が小さい頃、近所で有名なだじゃれオジサンがいたんだ。

オジサンは、つるつるにはげ上がったでこぼこの頭にごま塩色のヒゲを口元にたくわえて、ぼろぼろの汚らしい服を着た、一見するとちょっと怪しい人だったね。だけどそんな外見とは違って、オジサンは優しかった。いつもにこにこと柔らかい笑顔を絶やさず、気さくに声を掛けてくれて、おまけに会えばいつも飴玉なんかくれるから、子供たちには人気者だったよ。

けれども、人気者だったのは僕ら子供たちの間で、だけ。大人の間ではオジサンは、おかしな中年、って言われてけなされていたなあ。オジサンと会ったことを親に言えば、もうあの人に近付いちゃダメ、って怒られることもあったね。まるで変質者扱いだったんだ。

そんな時はいつも、オジサンは全然悪い人じゃないのにな、って思ってたんだ。僕たちと遊んでいても、本当にオジサンには悪い心が見えなかったんだよ。実際に、悪いことなんて言われたこともないし、されたこともない。オジサンは、いい人に違いなかったんだ。

大人はいつも外見だけで人を判断しようとするんだ。確かにオジサンのことを変な人かどうかと聞かれれば、誰もが変な人だって答えただろうね。外見もなんだか汚らしくて、働いていないのか昼間っから子供たちに声を掛けて回るなんて、関わっちゃいけない人の筆頭に挙げられるに違いない。

でも本当は違ったんだ。オジサンは、見かけでは見ることのできない優しさを、確かに持っていたんだ。僕らはそれを、オジサンと遊んでいるうちに意識せずに見出したんだ。だからこそ、オジサンの回りにはいつも子供たちが群がっていたんだろうね。


オジサンは、だじゃれオジサン、って呼び名の通り、だじゃれが大好きだった。

どこからか杖を持ち出して来て、杖をくるくると振り回しながら、「素敵なステッキ、今夜はステーキ」だなんて、今から考えればくだらないだじゃれを言っては、僕らを喜ばせていたよ。僕もガキだったんだね。同じように、オジサンも僕たちと同じガキのままだったのかも知れない。

でも、いつからか僕はオジサンのだじゃれを面白いと思わなくなったんだ。ただ、くだらない、としか思えなくなっていたんだよ。

そして気付いた時には、僕はもうオジサンから離れていた。あの飴玉を欲しいとも、ちっとも思わなくなっていた。飴玉の甘ささえ忘れていたくらいだった。きっとそれが、僕がガキから卒業した時だったんだね。

僕が中学生になってからも、オジサンをたまに見かける時があったけれど、やっぱりまだオジサンはくだらないだじゃれを言っていた。そしてその周りを囲んでいるガキも大笑いしていた。

ガキじゃなくなった僕は、くだらないことをするオジサンにも、くだらないことで笑うガキにも、腹が立ってきたんだ。こんなくだらない空間にかつて僕もいたんだ、って思うと、なんだか無性にいらいらを抑えきれなくなることもあった。

だからある時、僕はオジサンに向かって言ったんだ。「おい、おっさん。あんた、ただの変態だろ。早く消えろよ、近所迷惑だから」

その乱暴な言葉に、オジサンは何の言葉も返さなかった。その代わりに、顔一杯に寂しげな表情を見せていた。その顔を見て、何故か僕も一瞬、寂しくなったんだ。

でも、僕は謝ることはしなかった。寂しげなオジサンをもっと馬鹿にして、笑っただけだった。無視できない寂しさを振り払うように、僕はオジサンを罵倒し続けた。

僕とオジサンは、楽しむことも、楽しませることも、もうできなくなっていたんだ。


それ以来、僕はもうだじゃれオジサンを見掛けることはなかった。近所を回っていても、オジサンとガキが囲んでいた輪は、もうどこにも作られることはなかった。そしてオジサンの噂すら、聞こえなくなっていた。

今、オジサンは何をしているんだろう。

 

猫浚い

『“月の女”、ですか……?ええ、確かに聞いたことはあります。とは言っても又聞きの又聞きですから、参考になるかは分かりませんけど。

私が知っているのは、その、“月の女”がどうも人間に化けていて、この人間の社会へ自然に溶け込んでいるということです。これはタロウさんが教えてくれたんですよ。そこの家のタロウさん。

彼はことあるごとに呟いていました。“月の女”が怖い怖い、って。タロウさんは普段はそんなに怖がりな方じゃない、むしろ怖いものがあれば喜んで見に行くような方だったんですけど、本当に“月の女”に対して強い恐怖心を持っているようで、がくがくしながら怯えているほどだったんです。

何がそんなに怖いの、と訊くと、その“月の女”、猫をさらうんですって。それが怖くて、タロウさんは夜もろくに寝られないそうです。目が真っ赤だったので、本当に眠れてなかったんでしょう。

よく“猫は自分の死期を悟って飼い主の下から去っていく”、なんて言いますけど、あれは嘘なんでしょうね。本当のところは、タロウさんの言うように、彼女が、“月の女”が、自分の気に入った猫を誘って連れ去っているんですよ。

よく考えたらそれもつじつまが合ってるんです。ここ最近、私の知ってる猫が何匹もいなくなってるんですよ。原発の近くの森、育ちの悪いのもいくらかいるんですけど、そこの野良猫も数匹の姿が見えなくなった、なんて噂も聞いたことがあります。

こんなに短期間のうちに多くの猫が他の地へ移住するなんて、これまであったことがないんです。だからこれは移住なんかじゃない。何らかの意図が働いて、その猫たちはいなくなってしまったんです。つまり、“月の女”がさらったんですよ。それ以外に考えられません。

さらってどうするのかは分かりませんけど、きっと酷いことをされるんでしょう。口にもできない酷いことですよ。猫鍋にされてしまうかも知れません。刺身にされてしまうかも知れません。剥製にされてしまうかも知れません。ああ、考えただけでも恐ろしい。

だから、すぐそこを通る人間全員が彼女ではないことが確かでない以上、誰も信用しちゃいけないんです。まあ、もともと人間なんて信用しちゃいけないんですけどね。人間って、自分の都合が悪くなれば平気で手の平を返すでしょう?だいたい自分たちが賢いなんて思い込んでるのがいけないんです。傲慢なんですよ。

ええ、でも中には親切な優しい人間だっていますよ。裏切るような傲慢な人間がいれば、捨て猫を拾って最期まで面倒を見てくれる人間だっているんですから。

だからこそ、余計に“月の女”の存在が怖いんです。彼女が数少ない良識ある人間に紛れて、私たちをかどわかそうとしている。これは確かなことなんですから、その一部の人間さえ信じちゃいけないことになるんです。

そんなですから、私も心配で心配でたまりません。ほら、私って頭も切れて毛並みも良くて、スマートですから。

シロさんも用心した方がいいですよ。道端でお菓子をくれる人間は一見親切そうですけど、もしそれが“月の女”だったら、お菓子と引き換えに永遠にこちらの世界に帰れなくなるんですから。

……そう言えば、“月の女”から逃げてきた猫が二匹いたということも聞いたことがあります。なんでも、全身が真っ白でつやのいい毛をした猫、それと全身が真っ黒くて金色の目をした猫だとか。

一体、どうやって逃げてきたんでしょうね?もしも“月の女”に捕まったときのために、逃げる方法を聞いておきたいくらいです』


「その話をしてくれた彼女は、翌日忽然と消えてしまったんだ」

シロはお気に入りの椅子の上に乗って、窓の外の雨空を見上げながら言った。その後ろ姿が、僕にはとても寂しげに見えた。

「凛々しいシャム猫だった」

「……その猫も、“月の女”にさらわれたのかな」

「そう考えるのが、自然だろうな」

シロはそう言うと椅子を降り、テーブルの下へ向かった。少しの間テーブルの脚に向かい合った後、突然がりがりと音を立てて勢いよく爪を研ぎ始めた。

「くそっ!奴は、“月の女”は、おいらを挑発しているんだ!畜生っ!」

いつになく激しい爪研ぎは、テーブルの上に置かれたコップを大きく揺らすほどだった。いつも冷静なはずのシロがここまで感情を剥き出しにしている様子は見たことがなかったから、僕は爪研ぎを止めるように言い出すことさえできなかった。

 

探し猫

「あの、すみません」

突然後ろから声が聞こえたので振り向くと、僕と同年代に見える落ち着いた感じの女性が立っていた。僕はその女性を知らなかったが、日焼けをしていない白い顔にきれいに長く伸びた真っ黒な髪が印象的だった。

「何ですか?」

僕が訊くと、女性は僕に近付きながら、持っていた鞄からごそごそと何かを取り出して、僕の前に開いた。見るとそこには、“この猫を探しています”という大きな文字と一緒に、真っ白な猫の写真が載っていた。

「あの、飼い猫を探しているんです」

「飼い猫?」

「ええ。もう一週間も前に家から突然いなくなってしまって……。この子、知りませんか?どんな情報でもいいんです。どこかで見掛けませんでしたか?」

女性は今にも泣きそうな様子になりながら、必死に僕に問い掛けた。愛猫が姿を消してしまったことに、よっぽど悲しみを感じているのだろう。何とか力になれるものならなってあげられないものだろうかと思いながら、女性の差し出した紙を手に取って写真の中の猫の姿と記憶とを照らし合わせようとした。

と、僕はあることに気が付いた。

「この猫……」

「え、この子を見たことがあるんですか!?どちらで、どちらでお見掛けしたんですか!?」

「いえ、すみません。勘違いでした。ちょっとこの猫は見たことがないですね」

僕がそう言いながら紙を返すと、女性は肩を落としながら溜め息を吐いた。

「そうですか……。すみません、ありがとうございました」

女性はしょんぼりとうつむいたまま、去っていった。僕はその後ろ姿を、路地を曲がって見えなくなるまで横目でじっと見ていた。それは別に僕が彼女に一目惚れをしたからでも何でもなく、彼女に疑念を持ってのことだった。

何故なら、あの写真に写った猫は間違いなくシロだったからだ。

一年も前から毎日一緒に暮らしている猫を、僕が見間違えるはずがない。間違いなく、シロの姿を写した写真だった。

こんなことが出来るのは、彼女——“月の女”しかいない。“月の女”は、確実に僕とシロに近付いて来ている。あの女性が“月の女”本人であったかどうかは分からない。どちらにしても、これは“月の女”の挑発に違いなかった。

一刻も早く、シロにこのことを知らせなければならない。女性が見えなくなるのを待ってから、僕は家へと駆け出した。


「……ふん、上手くかわされちまったねえ」

「ふふ、今日はご挨拶だけ。向こうに例の猫がいるのは間違いないことだし、こっちがいつどう出てくるかを警戒しているんでしょうね」

「例の猫……、シロか」

「そう。あの真っ白なかわいい子。……私の下から逃げ出した、掟を破った卑怯な子」

「あんたが音を使えば、あんな奴なんて遠くからでも簡単に消すことだってできるだろう」

「そうはいかないわ。あの子はね、私がこの手で、この手で罰を下してあげるの。もう二度と逃げられないように鉄の箱に閉じ込めて、私を裏切って私に恥をかかせたことを後悔させてあげるの。……あの子がどんなに泣いても、どんなに謝っても、あの子が私のものになるまで、音を聞かせ続けるの」

「おお怖い。女の恨みってのはやだねえ」

「恨み?恨みなんかじゃないわ。ただ罰を与えなければならないと思っているだけ。決まりを破った子に罰を与えるのは、当然のことでしょう?」

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