茨城症候群

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寡黙な帰り道

  • 2011年3月27日 01:14

寡黙な山本さんから情報を得るのは困難だった。その中で唯一と言っていいほど得られた情報は、山本さんはラーメンが好きだ、ということだった。どこか不思議な雰囲気を持ち合わせている山本さんを、私は何故か放っておけなかった。そうして学校の帰りに駅前のラーメン屋に寄ることにした。

まずあの”ニラギ”事件の日に起こったことを整理しなければならない。


”ニラギ”と書かれた石が普通科のあるクラスの教室に投げ付けられて、たまたま校内に掲げられていた古典の定期考査の順位リストで一番上だった私が、その意味を解いて欲しい、と昼休みにぼさぼさ頭の男子生徒から頼まれた。そういうことは、訳の解らないものを無理矢理に訳有りげに解釈してしまうようなオカルト同好会の連中にでも頼めばいいのに、よりによってオカルトなことには何の興味もない私にただ古典の成績が良かったというだけで頼むなんて、やっぱり普通科の生徒達はどうかしてる。

ただ、頼まれたことを拒絶するのは私としてはどこか許せなかったから、彼らの頼みを聞くしかなかった。ここが私の馬鹿なところなのかも知れない。こういうところがなければ、この犯人も動機も不明な事件に関わることもなかったのに。

そうして呼ばれた普通科の教室へ出向くと、私は酷い扱いを受けた。まるでものを頼む人間の態度じゃない。私だけじゃ手に負えるはずがないのに、こちらも人手が欲しいと言えば内密にしろとほのめかすし、手助けをして欲しいと言えば自分でやれと言う。ものを頼んでおきながら、本当に何を考えているのか解らない。そんな中で出会ったのが、山本さんだった。

山本さんは左目に眼帯をして、足に包帯を巻いているという、一見しても何見しても変としか表しようのない人だった。実際に普通科の中でも変わり者扱いされているその彼女が、私が普通科の連中と言い合いをしている最中に声を掛けてきたので話を聞くと、ニラギはニラ入りギョーザのことだ、とこれまたふざけたことを言う。

普通科と標榜しておきながらやっぱり普通科の連中には普通な人間はいない。と呆れて帰ろうとすると、つい私が勢いよく振り返ったせいか山本さんを転ばせてしまった。そうして私は山本さんに個人的な”借り”を作ってしまった、という日だった。


あの後、私は”借り”を帳消しにして関係を断ち切りこれ以上関わらないようにしようとし、放課後に山本さんのクラスへ行った。

「また来たのか、特進科

教室に入るなり、あのぼさぼさ頭がニヤニヤしながら嫌味ったらしい口調で嫌味を投げ付けてくる。初めに頼んできたのはあんたでしょうが、と殴り倒したくなる衝動を抑えて、山本さんの席へと向かう。

山本さんの席の周りは、薄暗かった。放課後だというのに帰り支度もせずぼーっと座っている彼女の雰囲気も確かに薄暗さを演出していたのだが、何故か彼女の真上にある蛍光灯が切れていたのだ。いじめでも受けているのだろうか、と思いながら、いつも通りなのか俯いている彼女に話し掛けた。

「山本さん、さっきはごめんね。足、大丈夫?」

そう言うと、山本さんは目も合わせず、何も言わずにこくりと頷くだけだった。この子、やっぱり変だ。いや、変であることは昼休みにとっくに分かっていたけれど、やっぱり変なんだ。

「良かった、大丈夫そうで。ねえ、山本さんはどこに住んでるの? 家、近いの?」

私の問い掛けに、山本さんはゆっくりと腕を上げて、教室の窓の方を指差した。その間も彼女はやはり何も言わなかった。

「そ、そうなんだ。あっちの方に家があるんだね。そっか。そっか……」

私は自分が何だか必死になっているのに気が付いた。ああ、確かに山本さんは変なんだ。けれども、転ばせておきながらそのまま言葉だけの謝罪で済ませるのは私自身が許せなかったから、どうしても何かお返しをしなければならない。だから、必死にならざるを得なかった。たとえ変な子であっても。

「良かったら、今日一緒に帰らない?」

こうなったら、最終手段だ。一緒に下校する。他人と仲良くなるのに、これ以上の手段はない。一緒に帰って、その道中で色々な話をする。好きなことや趣味を訊いて、相手を良く知ることができる。親密になるのには、これが一番だ。

……あれ? 私、何か目的を間違えてる? 仲良く? 相手を知る? 親密? この変な子と? 私が?

そんなことを考えるか考えないかと同時に、山本さんの小さなか細い声が聞こえた。

「……うん」

山本さんの白い顔には、これまでの表情とは違ってどこか嬉しそうな様子が見えた。それを見て、何故か、私はほっとした。……どうしてだろう?


山本さんと一緒の帰り道、私は確かに疲れた。あれこれと彼女に質問をしても、イエスかノーでしか返さない、もっと言えば、首を縦に振るか横に振るかでしかでしか返さない。声だけ聞けば、まるで私が独り言を言っているかのような状態だった。実際に、私一人しか喋っていなかったのだから。

けれども、その中で収穫はあった。山本さんは、ラーメンが好物だということだった。か弱そうに見える彼女が脂っこいラーメンを好むとは、意外だった。

ラーメンが好きだというなら、ラーメン屋に連れて行けば喜んでくれるかも知れない。ただし山本さんのことだから、外食はあまり好きではないかも知れない。いずれにしても、誘わなければ何も始まらないのは確かだ。そうしてラーメン屋に行こうと誘うと、これも彼女は意外にも応じてくれた。

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