茨城症候群

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俺と彼女とブックマーク

  • 2009年9月26日 01:45

毎日、近所の図書館に通うのが俺の習慣だった。俺は自宅にインターネットに接続できる環境がないから、その図書館のパソコンを使ってインターネットのサイトを閲覧していた。パソコンは一台しか置かれていなかったが、俺がパソコンの前に長い間いても他に誰も待っている様子はなかった。何せこの図書館では、俺のような若い連中を全く見掛けたことがない。過疎地と呼んでもいい田舎だからということもあるのだろうが、図書館に来るのはだいたい暇のあるようなお年寄りばかりだ。彼らはコンピュータの使い方も解らないし、そもそも興味もないんだろう。俺が使わなければ、誰が使うだろう? そんな状況だったから俺は誰にも気兼ねすることなく、俺自身が飽きの来るまで、長ければ一日中ずっとパソコンを使うこともできた。

ある日、いつものようにサイトをだらだらと巡っていると、一つのサイトに辿り着いた。「山本テロリズム」という仰々しい名の付けられていたそのサイトは、デザインは全く洗練されておらずにただ真っ黒な背景に赤文字という悪趣味の範疇を出るものではなかったが、その内容が俺の興味を惹いた。

「自己殺戮記」というこれまた仰々しいタイトルのコンテンツが、そのサイトのメインコンテンツであるらしかった。単純に言えばサイト管理者の日記なのだが、これがずいぶんと酷い。

とある日の日記には、掛けている眼鏡が気に入らないからと足で踏み潰して粉々になるまでの過程の写真が載せられていた。その際に足に傷を負ったらしく、血まみれになった足の写真すらあった。またある日の日記には、鏡を見ている時に左目が自分を憎らしげに睨んでいたからと言って鏡を窓に投げ付けてガラスごと割ったという記述もあった。実際の左目も自分で殴って傷付けて視力を落としたとも書かれていた。

ざっと見ると他の日も同じように自傷をモチーフとした内容で、そのような日記がおおよそ二年分、ほとんど毎日欠かさずに書かれていた。サイトには自己紹介のようなページはなかったが、日記の記述や写真にちらりと写っていた顔から考えて、高校生くらいの若い女性であるらしかった。そんな子が、こんな自虐的な暴力を振るっているのだ。それも、日を経るごとにどんどんと酷くなっていく。そのうちビルから飛び降りたりするのではないかとさえ思えてくる。

こうした他人が壊れていくさまを見るのが、俺には面白くてたまらなかった。退廃的で、しかし耽美的でもある。そしてこの「山本テロリズム」こそが、まさにそのストライクど真ん中に当たるものだった。

俺は思わず、そのサイトをブラウザのブックマークに入れていた。全ての日記を一日に見るのは難しいから後でまた見に来ようと思ったし、何しろ今後の彼女の繰り広げる展開が気になる。パソコンは共有のものだったが、どうせ俺くらいしか使わないのだからブックマークくらいいいだろう。その時点では、それを大して気にすることはなかった。

翌日、昨日見たサイトを見ようとブックマークを開いた。けれどもそこには、「山本テロリズム」の項目はなかった。ブックマークに入れる際の手順にミスがあったのだろうと、特に気にせずに「山本テロリズム」を検索サイトから探し当て、再びブックマークに入れ直した。

その日は更新はなかったが、俺は過去の日記を見て楽しんだ。やはりこの管理者の少女は病んでいる。病み切っている。俺は自然と白い歯をあらわにして、一人で笑っていた。

その翌日も、「山本テロリズム」を見るためにブックマークを開いた。そこで初めて、俺は異変を感じた。昨日と同じように、入れたはずのブックマークが消えている。他のどうでもいいブックマークには何も変わりはなく、消えてはいない。俺は二度も自分の行為の幻を見たというのだろうか? そんなはずはない。これは誰かが、消しているのだ

では誰が消しているのだろう? 図書館の職員がブックマークを一つ一つ見て、共有パソコンに相応しくないサイトを消している? 考えられなくもなかったが、職員の老いた面々を見る限り、そんなリテラシーがあるとは思えなかった。

誰かがいたずらで消しているのかも知れない。そうだとすれば、そんないたずらにいちいち楽しみを奪われるのも癪だ。ここはあえて気にしない方がいいのかも知れないと思って、俺は昨日と同じように検索サイトから「山本テロリズム」へと飛んだ。

けれどもそこには、昨日までの陰鬱な光景は見えなかった。代わりに、「403 Forbidden」という、ページを閲覧する許可がないことを示す質素なエラーページが表示されていた。

どうしたのだろうと思い、俺は更新ボタンを何度も繰り返して押した。しかし、サイトが見られない状況に何も変わることはなかった。ただ「403 Forbidden」だけが表示され続けていた。

俺は楽しみを一つ奪われた気がして悔しくなり、ため息を吐いて舌打ちをした。「久々に見つけた面白いサイトだったのにな!」と独り言が口をついて出さえもした。

すると突然、後ろから細い声が聞こえた。

「……あたしのサイト、そんなに面白かった?」

振り向くと、左目に眼帯をした色白で髪の長い女の子が立っていた。その顔は、ちょうどその時開いていた URL にかつてあったサイトで見た写真に写り込んだ顔と、全く同じだった。彼女は薄笑いをしながら、その右目で俺を真っ直ぐに見据えていた。

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