茨城症候群

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探し猫

「あの、すみません」

突然後ろから声が聞こえたので振り向くと、僕と同年代に見える落ち着いた感じの女性が立っていた。僕はその女性を知らなかったが、日焼けをしていない白い顔にきれいに長く伸びた真っ黒な髪が印象的だった。

「何ですか?」

僕が訊くと、女性は僕に近付きながら、持っていた鞄からごそごそと何かを取り出して、僕の前に開いた。見るとそこには、“この猫を探しています”という大きな文字と一緒に、真っ白な猫の写真が載っていた。

「あの、飼い猫を探しているんです」

「飼い猫?」

「ええ。もう一週間も前に家から突然いなくなってしまって……。この子、知りませんか?どんな情報でもいいんです。どこかで見掛けませんでしたか?」

女性は今にも泣きそうな様子になりながら、必死に僕に問い掛けた。愛猫が姿を消してしまったことに、よっぽど悲しみを感じているのだろう。何とか力になれるものならなってあげられないものだろうかと思いながら、女性の差し出した紙を手に取って写真の中の猫の姿と記憶とを照らし合わせようとした。

と、僕はあることに気が付いた。

「この猫……」

「え、この子を見たことがあるんですか!?どちらで、どちらでお見掛けしたんですか!?」

「いえ、すみません。勘違いでした。ちょっとこの猫は見たことがないですね」

僕がそう言いながら紙を返すと、女性は肩を落としながら溜め息を吐いた。

「そうですか……。すみません、ありがとうございました」

女性はしょんぼりとうつむいたまま、去っていった。僕はその後ろ姿を、路地を曲がって見えなくなるまで横目でじっと見ていた。それは別に僕が彼女に一目惚れをしたからでも何でもなく、彼女に疑念を持ってのことだった。

何故なら、あの写真に写った猫は間違いなくシロだったからだ。

一年も前から毎日一緒に暮らしている猫を、僕が見間違えるはずがない。間違いなく、シロの姿を写した写真だった。

こんなことが出来るのは、彼女——“月の女”しかいない。“月の女”は、確実に僕とシロに近付いて来ている。あの女性が“月の女”本人であったかどうかは分からない。どちらにしても、これは“月の女”の挑発に違いなかった。

一刻も早く、シロにこのことを知らせなければならない。女性が見えなくなるのを待ってから、僕は家へと駆け出した。


「……ふん、上手くかわされちまったねえ」

「ふふ、今日はご挨拶だけ。向こうに例の猫がいるのは間違いないことだし、こっちがいつどう出てくるかを警戒しているんでしょうね」

「例の猫……、シロか」

「そう。あの真っ白なかわいい子。……私の下から逃げ出した、掟を破った卑怯な子」

「あんたが音を使えば、あんな奴なんて遠くからでも簡単に消すことだってできるだろう」

「そうはいかないわ。あの子はね、私がこの手で、この手で罰を下してあげるの。もう二度と逃げられないように鉄の箱に閉じ込めて、私を裏切って私に恥をかかせたことを後悔させてあげるの。……あの子がどんなに泣いても、どんなに謝っても、あの子が私のものになるまで、音を聞かせ続けるの」

「おお怖い。女の恨みってのはやだねえ」

「恨み?恨みなんかじゃないわ。ただ罰を与えなければならないと思っているだけ。決まりを破った子に罰を与えるのは、当然のことでしょう?」

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