茨城症候群

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姉貴

  • 2008年5月 1日 23:57

「青木の奴、頭おかしいぜ、絶対」

高校のカフェテリアで昼の食事をとっていると、吉田が呆れたような顔をして言った。僕は今まで目にしたことのない吉田の表情を見て、箸を止めた。

「何かあったの?」

「あいつと日曜にカラオケに行ったんだけど、その時何か変な話されて。気味悪いわ」

「へえ。どんな話?」

「山本、この話、お前にだから言うんだぜ。絶対秘密だ。ましてや俺が言っていたなんて言うんじゃねえよ。他言無用だからな」


家に帰ってきたらさ、姉貴が、俺の姉貴がさ、二人になってたんだよ。信じられないかも知れないけど、本当の話なんだよ。俺だって信じられないから、マジで驚いた。

まず帰ってきて、何か食うもんはないかと居間に行ったらさ、姉貴がいたんだ。まあそりゃおかしいことじゃない。その日は姉貴は大学が休みで、バイトもなかったからな。そんな日はいつも姉貴は居間でテレビを見てるか、ネットをしてるかどっちかなんだけどさ。

でも何だか、姉貴の様子がおかしい。俺の目の前で、ソファーに横たわりながらハナクソをほじってやがったんだ。ガリガリとね。もちろんそんな音は実際はしなかったんだけど、そういう音が聞こえるほど激しいハナクソのほじり方だった。

いつもは人の前で、家族の前でさえもハナクソをほじるようなみっともないことをする人間じゃないんだ、姉貴は。何て言うのかな、どっちかと言うと、自分が高潔でありたいタイプ。だから、姉貴がハナクソをほじる光景が俺には信じられなかった。

もしかするとテレビに集中していて俺がいることに気付いていないのかも知れない、と俺は思った。だから俺は声を掛けたんだ。「姉貴、ただいま」って。

そしたら姉貴は、何て言ったと思う?「お前、うるせえよ、バーカ」って。あの姉貴がだよ。「お前、うるせえよ、バーカ」って言ったんだよ。姉貴は、そんな暴言吐いたこともないんだ。いつもの姉貴は、優しいとまでは言えないけど、さっきも言ったように高潔でありたいタイプ。だから直接的な暴言は吐くことがない。暴言すら吐くこともない。例えばこういう場合、いつもの姉貴なら、「ちょっと静かにして」とでも言うはずだったんだろう。でも今聞いたのは、直接的な暴言だ。

そんな姉貴の返事を聞いて、俺は心が冷える思いがした。何があったんだろう、これはいつもの姉貴じゃない、ってね。きっと俺がいない間に何かあったんだろう、彼氏か友達と酷い喧嘩でもして、今までになく不機嫌なのかも知れない。こういう場合は、関わらないのが一番だ。触らぬ神に祟り無し。それで、俺は二階の自分の部屋へ戻った。

階段を上っている途中、丁度階段を降りてくる姉貴に会ったんだ。俺と目が合うと、「トモくん、おかえり」って笑顔で俺に声を掛けた。あれ?あれ?何かがおかしい。姉貴、さっき居間にいたよな。居間で俺に「うるせえよ」って言ったよな?ん?俺は全く困惑したね。

決して幻覚なんかじゃない。目の前には、笑顔の姉貴がいる。居間には、不機嫌な姉貴がいた。どちらも同じ服装だった。ということは、俺が階段を昇ろうとする間に、不機嫌な姉貴は二階へ行って、笑顔で俺を迎えてくれた?いや、無理だ。物理的に、無理な話なんだよ。あり得ない。

「あれ、姉貴、さっき、居間にいなかった?」って、俺はもちろん訊いた。誰もがこんな状況に遭遇したら、言うようにね。それに対する姉貴の答えは、ノーだった。

「居間になんかいないよ。今までずっと二階で本を読んでいたんだから。ああ、そうだ。井伏鱒二の山椒魚、トモくんの本棚から勝手に借りたけど、ごめんね」

姉貴はとろけるような笑顔でそう言ったんだ。いや、別に勝手に本を借りてもいいんだけどさ、というかね、姉貴が本を読むなんて珍しいことだったから、俺は少しびっくりした。それに俺の呼び方だよ。トモくん、だなんて姉貴はこれまで一度もそんな風に俺を呼んだことはないんだよ。俺のことを呼ぶときは、トモ、って呼んでたんだけどさ。それが、トモくん、だよ。異常だよ、これは。

ていうかね、そもそも姉貴は居間にいなかったと言っている。じゃあ居間にいた姉貴は何なんだ?あの不機嫌な姉貴こそ、俺の見た幻覚なんじゃないかと思って、俺は確かめに居間に戻ったんだ。

そしたら、やっぱり姉貴はいた。相変わらずソファーに横たわっていたんだけど、何だか部屋が煙臭い。姉貴を見たら、今度は煙草を吸っていたんだ。煙草だ。姉貴はまだ19歳なんだぜ?それがむくむくと白い煙を上げながら、煙草を吸っていたんだ。ハナクソ然り、俺は姉貴が煙草を吸う光景を見たことがない。隠れて吸っていたのかも知れないが、俺には姉貴が堂々と煙草を吸うなんて信じられなかったんだ。

これは……これは、姉貴じゃない。俺の姉貴は、人前でハナクソをほじることもないし、うるせえよ、なんて言わないし、もちろん煙草も吸わない。この目の前にいる人間は、姉貴じゃない。外見は姉貴そのものだけど、中身は全く違う人間だ。いや人間じゃないのかも知れない。姉貴そっくりに化けた、妖怪かも知れない。すると何だ、妖怪がこの家に紛れ込んだということなのか。俺は怖くなって、本当の姉貴であろう姉貴の所へ戻ったんだ。

姉貴は、玄関にいた。掃除機を回して、掃除をしていたんだ。普段の姉貴は、わざわざそんな面倒くさいことなんてしない。それが今は、鼻歌を歌いながら楽しそうに掃除をしていたんだよ。

やっぱり、こちらの姉貴も何か違う。訝しげに姉貴の様子を見ていると、姉貴が俺に気付いたようで、掃除機を止めてこちらに笑顔を向けた。

「姉貴が掃除だなんて、何だか珍しいな。槍でも降ってくるんじゃないの」

「やだあ、トモくん。あたしだって、掃除くらいするよ」

いや、この姉貴も、何だかおかしい。普段の姉貴なら、俺の嫌味に対して嫌味で返すはずだ。それが今はどうだ、さっきと同じとろけるような笑顔で、嫌味の一つも感じられない返事を返したんだ。あり得ないよ。

狼狽する俺に追い打ちを掛けるかのように、姉貴は言った。

「あっ、そうだ、トモくん。この前トモくんが買ったゲームあるでしょ?何だっけ、何とかハンターとかいうやつ。あたしもやってみたいなあ。後で一緒にやろうよ」

もう、俺はダメだと思ったね。この目の前で笑顔を惜しげもなく振りまいている人間も、本当の姉貴じゃない。姉貴は俺の買ったゲームになんか興味も持たないはずなんだ。ゲームなんて、馬鹿馬鹿しい。そう公言する人間だったんだよ。だから目の前のこいつも、妖怪だ。姉貴に化けた、妖怪だ。

俺はその笑顔の妖怪に返事をせずに、自分の部屋へと向かった。去ろうとする俺に、妖怪が後ろから言ってきた。「あっ、トモくん、部屋で待っててね。掃除が終わったら、行くから」

やめてくれ、来ないでくれ、来るな。お前も姉貴じゃない。お前は妖怪だ。姉貴はいない。まだ家に帰ってきていないんだ。家にいるのは、俺と、二匹の妖怪だ。妖怪なら、早く消えてくれ。消えてくれ。

俺はそう願いながら、部屋に篭もった。幸い、あの笑顔の妖怪が来ることはなかったんだ。ああ良かった、と俺は思って、そろそろ夕食の時間だから居間へ戻ると、俺はびっくりした。あの妖怪、姉貴に化けた妖怪たちが、二人揃って座っていたんだ。両親は両親で、何も不思議がる様子もなく、妖怪たちと一緒に座っていた。

「あっ、トモくん、ご飯できてるよ」

「おせえんだよ、お前。メシが冷めるだろ」

姉貴に化けた妖怪が二人、それぞれ俺を見てそう言った。その時、俺は理解した。理解できなかったけど、理解せざるを得なかったんだよ。

姉貴は、分裂してしまったんだ。


「そんな話だよ。山本、お前も訳が解らないだろ?青木の奴、本当に頭がどうかしちゃったのかも知れないな」

青木からの話を伝え終えた吉田は、ため息をついた後に一気にコーヒー牛乳を飲み干した。一気に喋ったものだから、喉が渇いたのだろう。

「いや、意外と事実なのかも知れないよ」

僕は半笑いをして、そう言った。

大逆罪

  • 2008年5月 2日 23:54

敬礼

求めよ、さらば与えられん - Matthew 7:7

(-_-)

  • 2008年5月 3日 15:23

usagi

  • 2008年5月 4日 23:42

usagi

三途の川

  • 2008年5月 5日 21:54
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「君も来るのかい?」
白い川の向こう側で痩せ切ったおじさんがにっこりと微笑んでいた
僕はうなずいてぼろぼろの船に飛び乗ると
怖いおばあさんが僕を引きずり降ろした

「金が足りないよ」と囁いて おばあさんは乱暴に僕を引っぱたいた
「そんな金は持っていない」と言った僕は服を脱がされ殴られた

川が渡れないよ 困った どうすればいいんだろう
もう後ろには戻りたくない でも川を渡れない
幸せに辿り着けない焦りを感じながら
僕はひとり 寒い川辺にただずんだ ただずんだ

借り物競走

  • 2008年5月 6日 23:55

五月と言えば、私の思い出は運動会です。たいていの学校は秋に運動会をすることが多いそうですが、私の学校は五月に運動会が開かれていました。

スタートを知らせるピストルの音が鳴ると同時に、一斉にみんなが駆け出しました。スタート地点から50メートルほど先に、借りなければならないものが書かれた紙が置かれていて、みんなは競ってその紙を目指すのです。

誤算でした。私は足が遅いということを自覚しています。だから足の速さを競う、徒競走や障害物競走などの種目には立候補せず、借り物競走に自ら進んで名乗りを上げたのですが、やはり借り物競走も足の競争なのです。他の人たちは気付けばもう私の何メートルも先を走っていました。しかし私は最後尾でも、一生懸命に走りました。

もう紙の場所に付いた人たちの様子を遠くに見ると、何やら紙を見ては捨て、見ては捨て、それを何回か繰り返していました。おそらく借り物として都合の良い条件を選んでいるのでしょう。

私はようやく辿り着くと、もうみんなは紙を持ってわいわいと"借り物"を探しに行った後で、たくさんの紙があったはずの場所にはもう紙は一枚しか残っていませんでした。はあはあと肩で息をしながら一枚残った紙をめくると、そこには、こう書かれていました。

『あなたの一番大切なもの』

私は心の中で繰り返しました。あなたの一番大切なもの……。私の一番大切なもの……。

道理でみんながこの紙を選ばなかったわけです。大切なもの。そんなものは、こんな場所、運動会の会場にあるわけがありません。

どうしよう、どうしよう。私は考えて考えて、考えましたが、何も浮かびません。大切なもの。大切なもの。お金?まさか、そんなものを借りて持って行ったら後々まで馬鹿にされちゃう。だめ、だめだ。何か他の、大切なもの。大切なもの……!

そこに、私の名前を呼ぶ声が聞こえました。声のする方を振り向くと、おじいちゃんがいました。おじいちゃんはその年に定年退職して、初めて私の運動会を見に来てくれていたのです。

おじいちゃんはとても優しくて、私の誕生日には毎年プレゼントをくれるような人でした。おばあちゃんが亡くなってからはずっと一人暮らしをしていたそうでしたから、私も気に掛けるところがあって、夏や冬の休みに入るとおじいちゃんの家に泊まりに行っていました。

おじいちゃんは、笑っていました。とても楽しそうな笑顔で、孫の私を見て笑っていたのです。

もう、これしかない。私はおじいちゃんのもとへ駆け寄りました。


優しかったおじいちゃんは、三年前に亡くなりました。ありがとう、おじいちゃん。

日中友好

  • 2008年5月 7日 23:42

某氏の日録

  • 2008年5月 8日 23:56

大正十二年五月五日

あの家の人々は、矢張りをかしい。何處か普通であつて然る可き點が、普通ではない。

今日などはまるで何か惡いものにでも取り憑かれたかのやうに、旦那も奧さんも子供も、皆、踊り狂つてゐた。昨年生まれたと云ふ赤ん坊の初めての端午の節句であるから、御祝ひであることには慥かに間違ひないのだけれども、其れにしても騷ぎ過ぎてゐる。大の大人が、あの樣に馬鹿騷ぎをするものではない。

呼ばれたものだから仕方が無く私はあの家へ行つたのであつて、呼ばれなければ決して行くことは無かつただらう。そもそも私はあの一家とは出來れば關はりたくないのである。人を使はせるだけ使はせておいて、自分は遊べるだけ遊んでゐる。あれが金持ちの性分なのだらう。金持ちは気に食はない。

彼の會社は、さつさと潰れて仕舞へば良い。一家揃つて路頭に迷へば良い。

大正十二年五月六日

今朝、あの家の旦那が突然訪ねて來たから何かと思つたら、昨日の御祝ひの席での私の振る舞ひに就いて文句があるらしい。「お前の笑顏は贋物の笑顏だ」と云つてぷんぷんと怒りながら、地團駄を踏んでぎやあぎやあ喚いた後、帰つて行つた。

譯が解らない。私は彼に對する底知れぬ悍ましさを感じた。

大正十二年五月七日

事情があつて、この日記も暫く書けなくなるだらう。若しやすると、此れが最後の日記となるかも知れない。

大正十二年五月八日

たうとう私もお仕舞ひだ。彼によつて、私は地獄の淵へと追ひ込まれた。お仕舞ひだ。

ぬいぐるみ

  • 2008年5月 9日 23:56

ぬいぐるみに神様が宿る話

  • ある日、もう僕が幼い頃に貰った熊のぬいぐるみを御炊き上げして貰うために神社へ行くと、突然ぬいぐるみが喋り始めました。
  • 「捨てるな、捨てないでくれ」と聞こえたものの、これは僕にしか聞こえていないようでした。
  • ぬいぐるみから聞こえてくる声は「俺はお前の神様だ、捨てるなんてとんでもない」と言い張るので、それじゃ神様であるという証拠を見せろと言いました。
  • すると「何でも三つ、三つだけ願いを叶えてやろう」とぬいぐるみは言います。
  • 嘘に違いない。試しに僕はペットボトルのお茶をコーヒーにするように言いました。
  • ぬいぐるみは日本語ではない言葉を二言三言呟いた後、飲んでみろと言うので飲んでみると、お茶はコーラになっていました。
  • 「これはコーラじゃないか」と馬鹿にして言うと、「コーラもコーヒーも尿になりゃ同じだ」とぬいぐるみは逆上して怒り始めました。酷い神様です。
  • ぬいぐるみは「疑うんじゃ仕方がない、もうあと二つの願いは聞いてやらない」と拗ねてしまいました。あと二つの願い……、僕は考えました。
  • 「僕をイケメンにしてくれ」
  • つづく

留年

  • 2008年5月17日 00:39

「先生、留年の心得をお聞かせ願います」

「まず馬鹿にされます」

「馬鹿にされますか」

「親がべらべらと喋るものですから、こちらの知らぬ間に親族中に事実が知れ渡ってしまいます」

「たまに顔を合わせる時は面倒ですね」

「ええ、確かに面倒なことは面倒なのですが、不思議と誰も私が留年したことについて訊いて来ないのです」

「それは不気味極まりないですね」

「心底で馬鹿にしているんでしょう。話題を避けるという仕方で私を遠回しに馬鹿にしているんです」

「友人等からはどう扱われますか」

「こちらは真面目に馬鹿にされます」

「真面目にですか」

「明らさまに馬鹿にするものですから、大変癪に障ります」

「同情もされませんか」

「そんな人間は中途半端な知り合い位です。しかし中途半端な知り合いの中途半端な同情は余計に癪に障ります。同情されたからと云って単位が貰える訳ではありませんから」

「同期入学の学生は上の学年へ行って仕舞う訳ですが、こちらはどうですか」

「やはり馬鹿にされます。殆ど関わりの無かった人間などからは汚物を見る目付きで見られるのです」

「汚物は嫌ですね」

「そんな目で見られるものですから、こちらも本当に汚物にでもなって仕舞ったかのような錯覚を覚えます」

「では同級生になる下級生などはやはり厄介ですか」

「厄介も何もありません、知り合いも居なければ河原の晒し首です」

「晒し首ですか」

「まあ初めの内ですが、講義室ではこちらを向いてにたにたとする声が彼方此方で聴こえて来るのです」

「緊張から来る幻聴覚ではありませんか」

「いえ幻覚なんかじゃありません、実際にこちらを見てにたにたとしているのです。あれは誰だ、何だあいつは、と声すら聴こえて来るんですから。晒し首の気持ちが解るような気がします」

「そりゃ怖いですね」

「二ヶ月程するとそんな声も聴こえなくなり、室内の雰囲気に不自然に自然と溶け込むようになりますが、やはり初めの内のにたにたに打ち克てなければ不登校になります」

「中学生のようですね」

「中学生ならまだいいんです。大学生が不登校になったところで、誰も助けてくれやしませんよ」

「そりゃ困りますね」

「そうして不登校になるからまた次々と単位を落とし、翌年も進級出来なくなるんです。これが留年スパイラルというものでしょう」

「先生は三度留年していますね」

「不可ませんか」

「いえ不可ないことはありません。先生はよく卒業に至ったものだと感心しているんです」

「私は怠けていただけですから当然の報いです」

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