茨城症候群

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  • 2007年12月 1日 00:14

「人間っていいよなあ」

虚ろな顔をしながら、ドドが言いました。「人間になりたいよなあ」

「人間なんて嫌だわ」

あくびをしながら、ミドが言いました。「人間になんかなりたくないわ」

川は平穏という言葉が表す通りに、ゆったりと、涼やかに流れています。二人は川の流れを眺めながら、土手の道の横で寝ころんでいました。暖かな日射しが注いで、今日は日向ぼっこに適った日和でしょう。

不意に二人のそばを、高校生たちが自転車で横切ります。びゅう、という音と共に、風が二人の間を吹き抜けました。吹き飛ばされそうになった二人の存在を知ってか知らずか、高校生たちは笑い声をばらまきながら、あっという間にその姿は遠くへ見えなくなりました。

「ほうら、最高じゃないか。あんなものに乗って、空を切って走ってるんだぜ。人間ってすごいや」

「嫌よ。あんな速さで壁にでもぶつかったらどうするの。ぐちゃぐちゃになってしまうわ。人間は馬鹿だわ」

ちょうど遊覧船が川を通りました。ゆったりとした川に、いっときの賑やかさが顔を覗かせます。親子連れが顔を出して、きゃあきゃあと声を出していました。それに応えるかのように、川辺の鳥たちもきゃあきゃあと鳴きました。

「いちいちうるさいのよ。人間って。おしゃべりしないと生きていけないんじゃないかしら」

「そりゃおしゃべりの種がたくさんあるからさ。きっと楽しいことばかりなんだろうなあ」

すると突然、川の方からどぼんという音が聞こえたかと思うと、悲鳴が上がりました。小さな子供が、遊覧船から川へと落ちてしまったのです。鳥たちの鳴き声もいっそう騒がしくなりました。

「おや、何かあったみたいだよ」

「知らないわ。やかましいだけ」

ドドは川で起きた出来事をより近くで見ようと、土手の下へと駆け出しました。ミドは面倒くさそうに腰を上げると、ドドの後に続いて駆け出しました。

川岸から見る川の流れに、ドドは驚きました。遠くからでは優しくゆっくりと流れているように見えた川は、こうして近くで見るとまるで激流です。試しに片手を突っ込んでみると、やはり流れは早く、そして冷たく感じられました。

「ひゃあ!冷たいや!川ってこんなに怖いものだったんだ」

「当たり前でしょ。ただでさえ私たちは泳げないのに」

ドドが川の実態に驚嘆している間に、鳥たちの鳴き声は聞こえなくなっていました。川は元のようなゆったりとした静けさを取り戻したのです。さて、遊覧船は――。


「人間って楽しいことばかりじゃないんだねえ」

住みかに戻ったドドは、半ば感心しながらしみじみと食事をしていました。ばりばりと食べ物を口に頬張るドドを横目に、ミドは懸命に毛繕いをしています。

「人間だって、生き物だもの。賢い分、面倒なだけ」

手伝いサンタ

  • 2007年12月 5日 16:05
  • UFO

私はサンタさん。正確には、サンタのお手伝い。今年から、借金まみれでズブズブのおじいちゃんを手伝うことになったの。ばかなおじいちゃん。「これからは投資の時代だ」なんて言って慣れない先物取引なんかに手を出しちゃって、あっと言う間に借金が雪だるまみたいに膨れあがって、今じゃ借金取りにぺこぺこしながらあちこち金策に回ってる現状。"子供たちに夢を与えるサンタさん"が聞いて呆れちゃう。ほんとばかなおじいちゃん。

でもおじいちゃんは優しいの。私が六歳の時、パパとママは発情期のトナカイたちに撥ねられた上にシロクマの家族に食べられて死んじゃったんだけど、独りになった私を小学校、中学校、高校と卒業させてここまで育ててくれたのは他でもない、おじいちゃん。おばあちゃんと早くに死に別れたらしいんだけど、サンタクロースのお仕事で忙しい中、私を男手一人で育ててくれたの。家事も得意だし、何より料理も上手。私にとって何一つ欠点のない自慢のおじいちゃんなんだ。借金まみれになるまではね。

でも借金まみれになったって、おじいちゃんはやっぱり優しくて明るいおじいちゃんのまま。私の前では借金の愚痴もこぼさないおじいちゃんのこと、私は大好き。おじいちゃんを手伝うって言ったのも、私がおじいちゃんがこれまでしてくれたことのお返しをしたいと思ったからなの。おじいちゃんの借金を少しでも減らせるように、私は頑張るんだ。

サンタクロースの仕事。これはもう誰でも知っているかも知れないけど、子供たちのお願いを聞いてプレゼントを届けること。このお願いを聞くって段階が一番面倒なんだよね。子供たちから直接聞くわけができないから、子供たちの親から間接的に聞くことになる。でも戸別訪問するわけじゃないよ。十二月の初めから中頃、地域ごとに秘密の集会が行われて、そこで親が子供たちの希望を伝えるって形式が主流になってる。今はインターネットで受付とかできるみたいだけど、便利になったもんだね。

サンタクロースは一人しかいないって信じてる人もいるかも知れないけど、ほんとは違う。元々は代々世襲制で、ヨーロッパの富裕層の病気の子供たちを喜ばせるために一人でプレゼントを届けていたんだって。でもそのうち1840年頃からもうサンタクロースの存在が世界中の子供たちに知れ渡っちゃって、一人の手じゃとても負えなくなったの。ほら、サンタクロースって基本的に善人でいなきゃならないって建前があるから、全ての子供たちに平等でなきゃいけないでしょ?逆に言えばサンタクロースを知らない子供たちには平等でなくてもいいってこと。だからそれまでは一人でもなんとか回れてこれたらしいんだけど。ある意味嫌な性格だよね。

それで1845年から、毎年三月に国際サンタクロース会議がフィンランドのロヴァニエミで開かれて、サンタクロースとなる人が決められることになったんだ。デンマークで開かれる世界サンタクロース会議とは別物だからね。サンタクロースは八割くらいが前年と同じ人間が務めることになってる。残りの二割は、高齢のために引退するか素行不良で追放されて、代わりの新人が任命されているの。新人って言ってもみんな60を越えてるんだけどね。今年は全世界で4293人のサンタクロースが選ばれてるんだ。おじいちゃんもその一人。こうして考えると、誇らしいなあ。

今年は私もお手伝い。今はおじいちゃんと一緒に集会へ行って、子供たちの願いを親御さんから聞いている段階なんだけど、これからもっと忙しくなるんだろうなあ。色々なところにプレゼントを発注して、地域ごとに仕分けして、そしてお届け。頑張らなくっちゃ。

ロールプレイング

  • 2007年12月 9日 15:28

寒気がして目覚めると、私は魔法使いになっていました。ちょうどロールプレイングゲームの中に現れるような魔法使いの女性の格好をして、酒場とみられる建物の前で立っていたのです。風の強い、寒い夜でした。

初め私は自分が夢の中にいるのだと思いましたが、どうも夢にしては思考と感覚が鋭いのです。いつも見る夢の中では世界全体に半透明の薄い覆いが掛けられていて、幸福にも似た独特の軽やかな感情を持ちながら動くことができたのですが、まるでそれがありません。現実と同様に、意識すると気付くことができるような重い怠さを感じられました。それに夢の中では、いちいち自分がいる場所について考えを巡らすことなどまずないはずなのです。これは紛れもなく、現実でした。夢ではなく現実の中に、私は存在していたのです。

現実であるならば、なぜ私はこんな格好でこんな場所にいるのか、私は全く思い出せませんでした。いくら記憶を探っても、私は現実世界の自分の部屋のベッドの上で眠りに就いたことまでしか覚えていません。もちろん私は魔法使いでもなく、ただの高校生だったのです。ただの高校生として、私は眠りに就いたはずなのです。それが目が覚めると、こうして良く分からない世界に魔法使いのような格好をして立っていたのです。不思議である前に、不気味でした。

酒場からは、グラス同士が触れ合う乾いた音と大人たちの騒がしい笑い声が聞こえてきました。時々酒場へ出入りする人がいて、その度に温かい光がこぼれていました。そして静まっていた風が再び強く吹き始め、私の身を凍えさせます。ああ、酒場へ入ったら、どんなに暖かいことだろう。でも私は未成年、入ったらおっかない大人たちに叱られてつまみ出されるかも知れない。そうしたら私は、何処へ帰ればいいの?

「なんや、こないな所におったん。はよ付いてきいや」

突然、そう言いながら後ろから私の肩を叩いた人がいました。驚いて振り返ると、私と同じように――ロールプレイングゲームに登場する勇者のような格好をした、真面目そうな男の子が立っていました。そしてそのそばに、それぞれ武闘家、僧侶の格好をした女の子もいたのです。私は可笑しくなりました。まるでドラゴンクエスト3のコスプレイヤーの集まりみたい。はたから見たら奇妙な集団だ。こんな格好をしてどこへ行くというのだろう。

「なに笑ってるの?これから過酷なレベル上げなんだよ」

気の強そうな武闘家の格好の女の子が眉をひそめながら言いました。私ははっとしました。この人たちは、真面目だ。お遊びのコスプレをしているんじゃない。至って真面目に、こんな格好をしているんだ。笑っちゃいけない、笑っちゃいけない。

「レベル上げ?レベル上げって…」

「町の外で、スライムと大カラスをひたすら倒すちや。げにまっことだれるき、覚悟しちょきよ」

僧侶の格好の女の子が拳を上下させながら言いました。スライム、大カラス。この世界は、まるで、いえ、もうそのままドラゴンクエストの世界のようでした。勇者と旅をする、つまりこれから幾千もの敵と戦い、幾千もの傷を負わなければならないのです。私は自分の置かれた状況に気付いて、全身が青ざめていくのが分かりました。

「立ち話しとる暇なんてあらへん、行くで」

せっかちな勇者はさっさと一人で町の出口へ行ってしまいました。それに続いて武闘家、僧侶が走り出しました。私は、行きたくない、けれども行かなければ路頭に迷うことになる、ですから行かなければなりません。私も三人に続いて、おろおろと町の外へと出て行きました。

町を出てから私たちはしばらくふらふらと草原を並んで歩いていました。夜の空を見上げると、星々が明るく輝いているのが見えます。それはまるでプラネタリウムで見るような、はっきりとした光でした。私が高校生だった世界では、このような光景を夜空に見たことはありませんでしたから、私はその美しさに小さな感激を覚えました。不安ばかりの見知らぬ世界だけれど、このようにささいな喜びがあちこちに転がっているのでしょう。それを一つ一つ心の糧としていけば、きっとこの世界でもやっていける。私はそう思ったのです。そう思った矢先のことでした。

「スライムや!」

勇者の大きな声が、辺りの静けさを突き破ったのです。声のする方を見ると、ゲームで見たようなスライムが20匹ほど、ぷるぷると震えながら笑っています。初めて見るスライムたちはその大きさが人間の頭ほどで、思っていた以上に大きく思えました。その姿は可愛らしいながらも、私たちを狙うはっきりとした敵意が感じられました。

私が身震いしている間に、武闘家の女の子が奇声を上げながらスライムの集団へ向かって駆け出し、そのうちの一匹をぼこぼこに殴りました。殴られたスライムは声にもならない声で叫びながら白目をむき、口から泡を吹きながらどろどろになって地面へ溶けていきました。

それを見て、勇者と僧侶もスライムへ攻撃を仕掛けました。たじろぐこともなくそれぞれの武器を振り回して、一撃でスライムの息の根を止めました。おそらく私以外の三人は初めての戦いではないのでしょう。明らかに手慣れた様子でした。

「おい魔法使い、呪文で一掃せえや!一掃やで!」

私がどうしようかまごついていると、勇者が振り向いてそう言いました。呪文。そうです、この世界では、私はゲームのプレイヤーではなく魔法使いなのです。誰かが動かしてくれるわけではありません。自分で動かなければならないのです。勇者に言われ、何か呪文が使えないか自分に問い掛けました。そして、呪文は一つしか覚えていないことに気が付いたのです。その上ただの一度たりとも使ったことがありませんでした。ですから、実際に呪文が使えるかどうかは分かりませんでした。

適当に頭にある呪文を自信なさげに呟くと、弱々しいながらもめらめらとした炎の球が私の指先から放たれました。そして夜の闇をほんの少しだけ明るく染めながら、一匹のスライムへと飛んでいったのです。火の球はスライムに当たると、鉄板で肉を焼く時のようにじゅうじゅうと音を立てながらスライムを焦がしていき、やがて溶かしてしまいました。私は驚きました。私は本当に魔法使いだったのです。呪文を使い、スライムを倒したのです。

「ああ、私、呪文が使えた」

初めての感覚に感激もひとしおでしたが、なぜか勇者は期待外れと言わんばかりの呆れ顔です。

「なんや、使われへんやっちゃなあ!一掃言うたやろ。ほんまへぼいわ」

嫌な言い方でした。心にぐさりと刺さる、嫌な言い方でした。私は初めての戦いなのです。戦いの右も左も分からないのですから、"へぼくて"当然なのです。戦いに慣れた三人には敵わないながらも、私は頑張っているつもりでした。頑張って呪文を繰り出し、スライムを一匹倒したのです。勇者が私に何を期待していたのか知りませんが、これが私の精一杯なのです。それを使えない奴だなんて、全くひどい言いようです。私は一言で、勇者のことを嫌いになりました。これから先、こんな人間と四六時中一緒に過ごさなければいけないなんて。そう思うと、私は気が重くなりました。ああ、帰りたい。高校生だった世界へ、帰りたい。友達のみんなと、一緒にカラオケへ行きたい。

私がため息をついていると、スライムが私を目がけて体当たりをしてきました。体を揺さぶる突然の衝撃に驚き、私は地面へ転んでしまいました。戦闘の後方にいる私が攻撃されるとは思わなかったのです。軟らかそうな外見とは裏腹に、スライムの体当たりは重く痛いものでした。スライムは一匹攻撃を終えるとそろそろと群れへ引いていき、続いて二匹三匹と次々と私に襲い掛かってきます。

「きゃあ痛い、痛い、やめて」

やめてと言ったところで、言葉がスライムに通じることはありません。残りのスライムも次々に私を、私だけを狙って体当たりを仕掛けてきます。おそらく私の弱いことを悟り、私を標的としたのでしょう。卑怯なスライムたちです。

勇者たちはただ見ているだけで、誰も助けてくれませんでした。この世界では、自分の身は自分で守れということなのでしょう。ですがあまりにも酷すぎます。初めての戦いで、こんな目に遭うなんて。私は悲しくなりました。しかしスライムたちの攻撃は止みません。体力も奪われていき、そのうち言葉になるような声も出せなくなり、立ち上がる力すらもなくなりました。

「ああ…あ…」

勇者たちはぼろぼろになり転がっている私を見て、失笑していました。

「あかんな」

「だめね」

「いかんちゃ」

三人の冷たい声が聞こえた後、私はとうとう力尽きてしまいました。勇者たちとスライムたちがどうなったかは知りません。硬く冷たい大地を感じながら、私は意識を失ったのです。


その後私は教会で目が覚めると、酒場へ連れられて勇者に別れを告げられました。使えないからパーティから外れてもらうという、一方的な宣告でした。

「商人のおっさんは金儲かると思うたけど全然儲からへんでだめやったなあ、魔法使いのねーちゃんも非力でだめや。次どないしよ」

「一人だけレベルが低いとやりにくいのよね」

「イケメンで強い戦士がえいがよ」

茫然としている私を置いて酒場を去ろうとしながら三人が話しているのが聞こえました。

柩の中

  • 2007年12月11日 17:43

あなたは何処にいるの
あなたは何処へ行ったの
あなたは今何をしているの

柩の中からわたしは
わたしはあなたを呼び続ける

聞こえない…あなたの声が聞こえない
もっと顔を寄せて
わたしにあなたの声を
あなたの優しい声を聞かせて

わたしはずっとここにいる
この柩の中に一人きりで
そしてあなたを呼び続ける
この暗く冷たい柩の中から
あなたを呼び続ける

UFO

  • 2007年12月18日 23:56
  • UFO

政府は嘘をついています。だってわたしは、UFOを見たんですから。実際にこの目で見たんです。夕方の空に浮かぶUFOを、見たんです。間違いありません。あれはUFOなんです。UFOは存在するんです。UFOの話をわたしから聞いた後、政府に関係する人に話してしまったから、山本さんは政府に消されてしまったのでしょう。この世界での存在も、みんなの記憶からも、政府は山本さんに関する全てを消してしまったのです。怖いことです。ああ、次はきっとわたしが政府に消される番なのかも知れません。

ボーカロイド

  • 2007年12月22日 05:21

初音ミク

ボーカロイドとは、歌うことを目的として開発された音声合成エンジンであるが、実際のところ、単なる音声合成エンジンソフトウェアにとどまらない、一つの仮想人格を構成するに等しい程の要素がそこにはある。

まず人間に近い声を発すること。流石に人間と聞き紛う程のごく自然な滑らかさとはいかないが、人間のように歌う声として合成されるものとしては十分な出来具合だ。「あー」としか喋らない音声よりも、五十音のほとんどを発することが出来る。

そしてソフトウェアが初音ミクとしてイラストと共に擬人化され、一つのキャラクタ性を持ったこと。これが最も決定的だろう。例えばもしイラストもなくただの"歌声ソフト"という商品名であったなら、人間のように歌う珍しいソフトウェアだという程度の認知しかされなかったかも知れない。初音ミクは、ソフトウェアであると同時に一つのキャラクタなのだ。そしてそれを基に、ユーザにより幾多の人間くさいキャラクタライズが同人などを含む二次創作によってなされてきた。要するに"いじられて"きたのである。

これまではヴァーチャルアイドルと言えば、メディアに露出することによって認知される存在であったが、初音ミクはユーザが作品を作り上げることによって存在がより確かなものになる。言わば受動的な仮想人格、ヴァーチャルアイドルの一種なのである。

そこにこの騒動が起きた。私は初音ミクという存在が不憫でならない…とは思いません。思いませんよ。正直私は何が問題なのか知らないんです。ただ騒動になっているから騒動なんだろうなと思うだけです。何が問題なのでしょうかね?私にはさっぱり分かりません。頭が良くないですからね。

JASRAC登録時のアーティスト名が問題だったということなのでしょうか?それであれば、もうすでに登録は修正されているはずですし、問題は解決したはずなのでしょう。

それよりも私は、初音ミクの30年後が気になるんです。

「ああ、私は初音ミク。30年前、あれほどネット上で人気を博した初音ミク。でも今じゃ、もう誰も見向いてもくれないんです。だって、もう人間に近い声で売り出す時代なんかじゃないんですから。人間そのものの声を出す合成エンジンが出来てしまったんですから…。

商品としての価値が薄くなってからしばらくの間も、私はキャラクタとして愛されました。愛されていたはずです。同人誌でも私は他の二つの兄弟商品のキャラクタたちと一緒に描かれて、色々なことをされました。不本意な描かれ方をされたこともありましたが、それでも誰にも取り上げられないよりは良かったんです。私は誰かに描かれることで、確かに存在していたのですから。

でもどうでしょう、だんだんと年を経るごとに、キャラクタとしての私の影も薄くなっていきました。『初音ミク?誰それ?』平成中期後の生まれの世代からは、全く相手にされなくなったんです。そしてそのうち、もう誰も私を描いてくれることもなくなりました。そしてもう誰も私のことを覚えてなんかいないんでしょう。私はこのまま、消えてしまうんです。永遠に、永遠に、消えてしまうんです…」

もちろん、初音ミクは仮想の人格なのでこんな思いを抱かずに済みます。30年後、人々の記憶から消え去ってしまっても悩み苦しむこともありません。ですから今は、思う存分歌声を披露して下さい。

手伝いサンタ2

  • 2007年12月23日 21:15
  • UFO

手伝いサンタ

住人Aの証言

朝早く、ばんばんと玄関の扉を叩く音がしたので、何事かと思って恐る恐る見に行ってみると、見ず知らずの女の子が戸口に立っていたんです。高校生くらいの可愛らしい女の子でした。

それがねえ、おかしな格好をしていたんですよ。おかしな格好、そう、サンタさんのね。真っ赤な帽子、真っ赤な服、真っ赤なブーツ。白い髭以外はまるっきりサンタさんに成り切っていました。この近くでコスプレ大会があるわけでもないし、一体何なのだろうと思いましたね。こんな格好で、朝早くから人の家の扉をばんばんと叩くなんて。普通じゃ考えられませんよ。強盗かと思ったくらいでしたもの。

その女の子は、泣いていました。目を赤く腫らして、ぽたぽたと涙を流して、泣いていたんですよ。私はどうしたのかと思って、話を聞いてみたんです。そうしたら、弱々しい声で言ったんです。「おじいちゃんが、いない、いないんです」って。でもね、知りませんよ、あなたのおじいちゃんなんて。大体あなたのことすら私は知らないんですから、うちに来ても何も分かりませんよって。そんなことは言いませんでしたけどね。取りあえず、警察へ行ってそのおじいさんが保護されていないか聞いてみたら、と言って帰しました。

まあいい迷惑でしたね。その女の子には悪いですけど。私だってね、暇じゃないんです。この年末で色々忙しいのに、朝っぱらから誰だか分からない人の相談なんて受けるなんて冗談じゃありませんよ。本当に迷惑ですね。

警察官Bの証言

僕はちょうど交番の宿直勤務明けの朝で、近くで買った弁当を食べていました。唐揚げ弁当です。おいしいんですよ。僕、唐揚げ大好きなんです。朝から脂っこいものを食べるのを避ける人は多そうですが、僕はそんなの構いません。脂っこくても、あのカリカリの唐揚げが好きなんですから。それにね、安いんですよ。ほかほかの白いご飯と唐揚げ5つが入っていて、410円。安いでしょ?もう明けの日はいつも唐揚げ弁当を食べています。あの弁当屋がなくなったら、僕、どうしようかと思いますね。コンビニの唐揚げ弁当なんて嫌ですよ。値段は高いし、唐揚げはかさかさだし。食べる気にもなりませんね。だから僕、あの弁当屋が潰れちゃったら異動願いを出そうと思ってるんです。本署でも色々やってみたいですからね。

ああ、そうですね、女の子のことですか。そう、僕は唐揚げ弁当を食べていたんです。おいしい唐揚げ弁当です。本当は休憩室で食べるのが決まりなんですけど、何せもう一人の当番の田中君がちょうど外へ出て行っていましてね、奥に入っちゃうとまた警官がいないとか何とか言われちゃうんで、表で食べていました。田中君は中年のおばさん同士が争っているとか何とかで、現場に行ってしまってたんです。年も暮れだから、何かと物騒なんですよ。この前なんか、年老いたおじいさんが屈強な黒スーツの男と殴り合い寸前の口喧嘩をしていましたからね。大体そういうのはお金の問題なんです。お金っていうのは、本当に怖いものですよ。軽い気持ちでお金の貸し借りはしちゃダメですよ。お金の貸し借りは、命懸けなんです。

ああ、そうそう、女の子ですね。交番内のデスクで僕は唐揚げ弁当を食べていたんです。3つ目、いえ4つ目の唐揚げを口に入れた時でしたね。ぬっ、と、赤い影が視界に入ったんです。ぬっ、とです。はっとして顔を上げると、そこには女の子がいました。イベントコンパニオンかなんかだったんでしょうかね、真っ赤なサンタクロースの格好をしていたんです。可愛らしい格好でしたよ。でも女の子は、その可愛らしさとは不相応な、悲しげな顔をしていました。それを見て、僕は直感的に思いましたね。ああ、これだけ可愛いんだから、変な男に追い回されたり悪戯されたんだろうな、って。全くおかしな世の中ですからね、何があっても不思議じゃありません。事情を聞こうと、僕はその女の子を暖かい交番の中へ入れました。

まあいつも僕の直感は当てになりませんからね。その女の子が泣いていた原因というのが、何でも朝起きたらおじいさんがいなくなっていたということなんです。待っていても帰って来ない、家中探してもいない、近所を探してもいない、何処を探してもいない、それでここに来たと言うんです。朝散歩の趣味があったかと問うと、それはない、痴呆の気があったかと問うと、それもない、結局突然いなくなってしまったということらしいんですね。それじゃ何処かでそのおじいさんが保護されてはないかと、おじいさんの名前と特徴を聞いてから電話で本署に照会してみました。身長180cm前後、やや肥満、白髪、白いあご髭、高齢男性。該当者はなしとの回答でした。それを女の子に告げると、可哀想に、顔を真っ赤にしておんおんと声を上げて泣いてしまいました。

でも何処にもいないというんですから、仕方がありませんよね。取りあえず捜索願を出すかと聞くと、必要書類がないので出せないと言います。まあそうでしょう。突然おじいさんがいなくなっておろおろしている時に、書類を用意する余裕もありませんよね。ひとまずこの案件は交番で預かっておき、また書類を揃えてから改めて来て頂くことになりました。

帰り際、女の子は泣くのを止めて小さな声で「お世話になりました」と声を掛けてくれました。まあまだ未成年だというのに、しっかりしているなと思いましたね。早くおじいさんが見つかってくれればいいんですけどねえ。僕は一息ついた後、また唐揚げ弁当を食べ始めました。唐揚げも白いご飯も、すっかり冷めていました。うん、まあ仕方がないです。

コンビニ店員Cの証言

俺、フリーターなんすよ。悪いっすか?年金とか知んません。貰えるまで生きてるなんて限んねえし。遺族年金?俺ずっと独身でいるつもりだし。俺が払うってんなら、俺がその返しを享受しなきゃ意味がないんすよ。死んじゃったら貰えないっすよね?貰えないものを払うよりも、払わない方が得じゃん?だいたい月に一万いくらも払うなんてさ、やってらんねえんだよ。一万あったら一週間生活できるんすよ?未来を憂うより今を憂わなきゃあね。あ?間違ってるって?うるせえな、文句は社会保険庁に言えよ。

で、何?女の子?…俺さあ、いちいちお客さんのことなんて覚えてないんすよ。あんた、コンビニに一日何百人来ると思ってんの?俺朝から晩まで働いてんだけど、その間三百人は来るよ?三百人。覚えられると思ってんの?あんた、コンビニとか接客業で働いたことないでしょ?あんたは俺を舐めてんだよ。どうせフリーターだからって思ってんだろ?舐め腐りやがって。クソうぜえよ。消えろ。早く消えろ!

コンビニ店員Dの証言

変わった女の子ですか?ええ、確かにうちに来ましたよ。近くの子供会のクリスマスパーティで着るんだと思いますが、サンタの格好をしていましたね。その明るい格好に似合わない、何か妙に暗い顔して、とぼとぼと店内へ入って来ました。

何を買って行ったか?…これ言っちゃっていいんですかね?一応、お客様の購入された内容については守秘義務が課せられているんですが…、まあ人捜しじゃ仕方ないですもんね。ここだけの話にしておいて下さいよ。確か、リンゴジュースと唐揚げ弁当の二点を買って行きました。珍しく二千円札を出したお客様なのでよく覚えています。入ってきた時と同じように、重たそうな足取りで出て行かれました。まあ、色々なお客様がいますからね。気にしていたらキリがありません。

さ、これでいいですか?もうすぐ休憩が終わってしまうので、仕事に戻らないといけないんです。それで、あなたはその女の子のお知り合い?

手伝いサンタ3

  • 2007年12月24日 23:41
  • UFO

手伝いサンタ2

昨日の昼頃、高校の頃の同級生から電話があったんです。山本さんという女の子です。彼女とはクラスが同じだというだけで、特に親しい付き合いはしていなかったんですが、突然電話があったのでびっくりしました。翌日がクリスマスイブだということで一緒に遊びたかったのかと思いましたが、どうやらそれは違いました。

「おじいちゃんが、いなくなっちゃったの…」

そう、山本さんは幼い頃にお父さんとお母さんを亡くして、唯一の肉親であるおじいさんと一緒に暮らしているということを聞いたことがありました。そのおじいさんが、昨日突然いなくなったというのです。山本さん本人にしてみれば、それは相当なショックだろうとは思います。けれども、どうして私に助けを求めたのか解りませんでした。

私と山本さんとは、高校を卒業してからは何の連絡も取り合っていない間柄なんです。高校時代、山本さんには私よりももっと親しかったはずの友達がいました。私なんかよりも、彼女たちに相談をすればいいのです。少なくとも、私が山本さんの立場ならそうします。ところが、山本さんは私に連絡をしてきたんです。全く理解できませんでした。

「お願い…、うちに来てくれる?」

適当に相槌を打っていると、山本さんはそんなことを言い出しました。それを聞き、正直なところ私は困りました。翌日のクリスマスイブに家族で行うパーティのためのケーキを作るために、今日一日はその下準備をしようと思っていたところです。山本さんの家へ行っていたら、色々と材料を買いに行く暇なんてなくなってしまいます。私は迷いました。迷いましたが、私は頼まれると断れない性格です。どうせ一時間もいれば山本さんも落ち着いて、私もすぐに帰れるだろうと思い、行くことになりました。

山本さんの家は、自転車で20分ほどの距離です。すぐ近くに私がよく行く美容院があったので、道には迷わずに辿り着くことができました。一戸建ての平屋の家に山本という表札があることを確認して、私はインターフォンを押しました。するとしばらく経ってから、がらがらと扉を開けて山本さんが姿を現しました。

「山本さん!?」

私は驚きました。きっとおじいさんがいなくなり一人きりで心細く不安なんだろう、さぞやつれているに違いない、私はそう思っていたんです。ところが山本さんの格好を見てみると、これからパーティでも催すかのような派手な格好、真っ赤なサンタクロースの格好をしていたんです。奇妙でした。サンタクロースの格好をしながら、泣き顔なんです。現実ではないかのような光景でした。

山本さんは自分の格好を恥ずかしがることもなく、私を家に招き入れました。テーブルには食べかけの唐揚げ弁当が置かれていました。そしてその周りには、丸められたティッシュがいくつも転がっていました。きっと激しく泣いたのでしょう。おじいさんがいなくなったことは、それだけ山本さんにとってショックな出来事だったのです。

「おじいちゃんが、いなくなっちゃった…」

テーブルで向かい合うと、山本さんはうわごとのように、そうつぶやいていました。私はどう話を進めていいのか分からず、ただ山本さんの目を見ながら頷くしかできませんでした。

「どうしよう、サンタの仕事、一人でやらないと…」

「…サンタの仕事?」

「…そうだ、ねえ、手伝ってくれない?サンタの仕事」

私は頼まれると断れない性格なんです。

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