茨城症候群

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インターネット部

  • 2007年8月 8日 23:11

私の通っていた中学校にはインターネット部という部活がありました。聞き慣れない人にとっては珍しい部活かも知れませんが、学校を紹介するウェブサイトを作ったり、他の学校との交流を深めたりする活動をしていました。学校でも一二を争う人気の部活で、部員が百人を超えるほどに多すぎたために、パソコンを使える部員が一日おきに決められていたなど大変盛り上がっていましたしたが、悲しいことに今はもうありません。ある一つの出来事がきっかけで、突然の廃部となってしまったのです。

インターネット部で作っていた学校のウェブサイトには、部員であれば誰でも書き込める掲示板がありました。その掲示板では、顧問である数学教師の山本先生がインターネットの事情に詳しかったため、多くの決まり事が課されていました。例えば、生徒の実名は書き込まない、顔写真は載せない、個人を特定できる情報を書き込まない、争いごとはしないなど、基本的なインターネットのマナーを守るように決められていたのです。それらの規則が守られなければ退部とされていましたから、部員の中には誰一人として規則を破る部員はいませんでした。

規則はしっかりとしていたものでしが、それもしょせん学校のウェブサイトの中でしか通用しない代物に過ぎません。インターネットは広いのです。たった一つのサイトで決められたルールなど、あって無いようなものなのです。そんなちっぽけなものを守らなければならないなんて、私たちはまるで窮屈な檻に閉じこめられた鳥のような思いを抱いていました。この馬鹿みたいに頑丈な檻を壊したら、学校のみんなともっと自由に楽しめるはずなのに、それが許されないなんて本当につまらないものでした

それに私たちにとって、大人が大人の都合で作った規則などは気にくわないものでした。大人は規則という壁をこちらの考えも聞かずにただどんと置くだけで、なぜその壁が必要なのかを説明しようとすらしないのです。校則にしてもそうです。アルバイトをしてはいけません。どうして?男子の髪の毛は耳が隠れない程度の短さに切りなさい。どうして?女子のスカート丈は膝が隠れる程度の長さにしなさい。どうして?

ですから私たちは、大人の手の及ばない私たちによる私たちだけの空間を誰かが作ってはくれないかとひそかに願っていました。そのうちコンピュータに詳しい部員のJ君が、学校のウェブサイト外に掲示板を作ったとみんなに誇らしげに言って回りました。いつもはその自慢癖のためにみんなに鬱陶しがられているJ君でしたが、その時ばかりはみんなに褒められ、まるで英雄扱いをされて得意げな顔をしていたのを覚えています。

学校のパソコンからは一種のフィルタリングがされていてインターネットに自由には接続出来ないため、私は家へ帰るとすぐにパソコンに向かい、胸を高鳴らせながらJ君が言っていたURLをブラウザへ入力しました。すると、「X中学校 裏サイト」というおどろおどろしいタイトル文字のある掲示板が現れました。これがJ君の作った掲示板だったのです。そこは、いわゆる2ちゃんねるのような形式の掲示板でした。背景の画像や配色もオリジナルと同じで、私たちはまるで2ちゃんねるに来ているかのような錯覚を覚えました。"裏サイト"。私はその響きに、どこか後ろめたい感情を抱きながらも心をわくわくと躍らせていました。それは私だけではなく、他のみんなもきっと同じだったことでしょう。窮屈な"表"では出来ないことが、"裏"で自由に繰り広げられるのです。

一通り掲示板の内容を見てみると、「【イカ】二年三組集まれ!【タコ】」や「サッカー部のイケメン選      手」といったスレッドが掲示板開設から早々と立てられており、実名も飛び交いながら和気あいあいと盛り上がっていました。そう、本当に和気あいあいとした雰囲気だったのです。ですから私も当然のように掲示板の会話に参加したくなり、気が付くと数日のうちに私は裏サイトの常連になっていました。

学校から家へ帰ると裏サイトへ繋ぎ楽しい会話にふける、そんな日がしばらく続きました。会話の内容は宿題の内容から芸能人の話題などとくだらないものでしたが、麻薬のような楽しさに浸れたのです。"裏サイト"で会話をしていると、時間が経つのがまるで一瞬のように感じられました。

おそらく誰でも経験することだとは思うのですが、新しいものを買った時や触れた時には少しの飽きが来るまでの間、それに夢中になってその他のことが疎かになってしまう。まさに私はその時、裏サイトでの会話以外のことに対して疎かになっていました。そしてその状況は、私だけではなく裏サイトを楽しんでいる他のみんなも同様だったようでした。

ある日のインターネット部のミーティングで、顧問の山本先生が何の前触れもなく突然"裏サイト"のことに触れました。

「最近、この学校の"裏サイト"という名前を付けた掲示板をこの部活の人間で作ったそうだが、そういった所に書き込み続けるのは止めなさい」

みんなは山本先生のその言葉を聞いて、一様にハッとした顔付きをしていました。…私たちの、私たちだけの場所のはずの"裏サイト"が、山本先生に知られている。そして書き込むなと言っている。これは私たちにとって、酷く苛立たしいことでした。一体どうして、山本先生があのサイトの存在を知ったのだろう?そして、山本先生はあのサイトをどうするつもりなのだろう?みんなが冷たく固まった空気の中で、山本先生は続けてこう言いました。

「保護者の方から連絡があって、『最近うちの子供がパソコンばかりやっていてちっとも勉強しやしない、どうなっているんだと思って問い詰めたら学校の裏サイトなんていうホームページを見ているという、インターネット部ではこんなことを教えているのか知らないが、いずれにしても勉強に差し支えるのですぐに止めさせて欲しい』ということだ。私も見てみたが、まるで部活のルールを守れていないようだ。J君、解っているだろうが、すぐに掲示板を削除するように」

山本先生は、誰が"裏サイト"を作ったのかも知っていたのです。名指しされたJ君は、いつも以上に白い顔をして目を泳がせていました。裏サイトを作ったと公言した時のような誇らしげな顔はもうどこにもありませんでした。

どんよりとした雰囲気の中で部活は終わりました。その間、みんなの記憶から"裏サイト"の存在が消えてしまったかのように、誰も裏サイトについては一言も触れることはありませんでした。そして、実際に裏サイトもインターネットから消え去っていたのです。おそらくJ君が山本先生のあの言葉に恐れをなして削除してしまったのでしょう。誰もJ君のことを臆病だなどとは思わなかったはずです。あんな場で名指しで苦言を言われれば、誰もがJ君と同じように行動したのでしょうから。いずれにしても、私たちの楽しみはあっけなく終わりを迎えてしまったのです。

数日後、かつてのようにパソコンではなく机に向かいながら宿題を黙々とこなしていると、友達のUさんからメールが届きました。「新しい裏サイトができたんだって!」思いがけない知らせに、私は思わず一人でにんまりしました。やっぱり、誰かがやると思っていた。そして何より、あの楽しい時間がまた戻ってくるんだ。併記されていた新しい裏サイトのURLを見ると、私はすぐにパソコンにそのURLを打ち込んで裏サイトへと繋ぎました。あの数週間前のわくわくが、再び蘇ったのです。

しかしそこは、以前の裏サイトのように心を躍らせる場所ではありませんでした。まず目に入り込んできたのが、真っ赤な背景、そしてその上に浮かぶでかでかとした"X中学校 裏サイト 反山本連盟"という黒い文字です。赤と黒の組み合わせに、目が痛くなるほどでした。そして何より、裏サイトのコンセプトが変わってしまっていたように思えました。掲示板という形は変わっていませんでしたが、立てられているスレッドを覗いてみると「呪呪呪呪 山本ティーチャーを呪う 呪呪呪呪」「みんなでハナクソをY先生にぶつけた!\(^o^)/」などといった、山本先生を罵るスレッドばかりが目立ちました。それぞれのスレッドの内容も、中傷や罵倒の過ぎる酷いもので、私は思わずげんなりしました。

もう裏サイトは私たちが純粋に楽しめる場所ではなくなったのです。もはや匿名の裏に隠れて先生という個人を誹謗する、良心を見失った臆病な人間の溜まり場となってしまったのです。そしてその臆病な人間が私たちのインターネット部の中に多数いるという事実に、言い知れないショックを感じました。普段は明るい顔をしているはずのみんなが、実は裏でこんな卑怯なことをする人たちだったなんて…。スレッドでやりとりされる醜い言葉の数々を見て、私はもうその裏サイトにいることが息苦しくなり、ブラウザを閉じたのです。

そんなこともあって私はもうその裏サイトを見ることはなかったのですが、ある日突然あのJ君が学校を休んだのです。外見こそ不健康なJ君でしたが、小中学校と今まで皆勤で登校していたことを私は知っていましたから、いつもあるはずのJ君の姿がないことに違和感を感じました。そして小さな胸騒ぎも感じたのです。

その不安は、残念ながら杞憂に終わらなかったのです。愚かなJ君は、その前の晩に警察に補導されたということでした。後から聞いた話によると、J君は初めの裏サイトを削除した後、あの新しい裏サイトを密かに開設したそうです。優等生なJ君は、みんなの前で山本先生に名指しで苦言されたことを根に持ったのでしょう。その恨みはよっぽど深かったようで、新しい裏サイトを山本先生個人への中傷を趣旨としたものにしたということです。そして誰からも咎められないのをいいことに、中傷の度合いは坂を転げ落ちる雪だるまのように著しく増大し、ついには具体的な加害の予告を書き込みました。それを誰かが警視庁のサイトから情報提供したことが今回の補導に繋がったそうです。

J君の補導を受けて行われた学校の教職員会議では、インターネット部の無期限の休部、つまり事実上の廃部が決定されました。被害者であり部活の顧問だった山本先生は相当のショックを受けた様子で、願い出てしばらく休職をした後に別の学校へと異動したということです。

J君には決して本気で山本先生に加害するという気持ちはなく、全くの面白半分のいたずらのつもりで書き込んだそうですが、その結果は面白半分とは程遠いものとなってしまいました。J君は数日後に学校へ復帰しましたが、ひどく落ち込んだ上に別人のようにやつれてしまい、卒業までその様子は変わることはありませんでした。事件の影響か、志望していた県下一の公立高校には受かることができずに県外の私立高校へ進学したということですが、その後の消息は分かりません。

宿題

  • 2007年8月26日 22:01

世間の学生諸君は夏休み最後の日曜を迎え、冷たいクーラーの風を浴びながら悶々と後悔の苦しみを感じている頃だと思う。楽しかった怠惰な夏休みは、もうすぐそこに迫りつつあるその儚い最期をただ見つめている。

終わるのは夏休み。宿題は終わらない。ああ、読書感想文、読書感想文…、自由研究、自由研究…。数学ドリルなんて知ったこっちゃないよ。あんなの、さくさくと解けばいいんでしょ。夕方の空に耳を向ければ、セミが鳴いている。楽しかったなあ。僕の私の夏休み。ほら、九十九里浜へ行ってたくさん泳いで、僕もお父さんも真っ黒に日焼けして、拾った貝殻をお土産に友達にあげたりして。新しいDSのゲームも買って貰ったんだ。最近は一日中ゲームばかりしていて、本当に楽しいなあ。この素敵な休みが、あと数日で終わるって本当?そんなの嘘なんだよ。夏休みは、終わらないんだ。

夏休みは、終わらない。宿題を片付けなければ、永遠に終わらない。いい気味だ。実にいい気味だ。これは罰なのだ。何百時間とあったはずの夏休みを、好きに遊んで無駄にした罰なのだ。今その目の前にある夏期休業課題などと題された薄っぺらい紙に、君は気の遠くなるほど分厚い苦難を覚える。「読書感想文…400字詰め原稿用紙5〜7枚。自由研究…各自好きなテーマについてまとめること。」

何と抽象的なことでしょうか。先生の意地悪。今頃このふざけた課題を出したあの残酷な先生は、ベランダで涼みながら鮮やかな緑色をした枝豆をつまみに冷えたビールを旨そうにごくごくと飲んでげっぷをしているんです。山のように残った宿題に顔を歪めている私たちのことなんか知りもしないでげっぷをしているんです。終業式の日に、「困ったことがあったら先生に連絡するように」なんて言っていました。でも、いざ連絡してみると「それくらい自分で解決しろ」と言ったんです、あの先生は。私は真剣に困っているんです、先生、ねえ、先生。

400字詰原稿用紙5,7枚。字数にすれば2500字程度です。早口な君たちのおしゃべりで考えれば、たったの10分も掛からないんですよ。10分。たったの10分に一体何を悩んでいるんですかね。まあおしゃべりと感想文とでは話の作り方が違ってくるので10分では無理なのは仕方がありません。それでも先生は休み前に口を酸っぱくして言ったはずです。「宿題は計画的に進めましょうね」と。夏の日射しの暑さに先生の言ったことなんて綺麗さっぱり忘れちゃったんですかね。まあいいでしょう。宿題すら計画的に進められない君たちに、人生すら計画的に進められるわけがありません。先生は別に何も困りはしませんよ。君たちが路頭に迷ったって。だって先生は、君たちが卒業すれば赤の他人ですもの。いつ頃気付くんでしょうかね。先生が学校で君たちに教えたいのは、せめて自分の尻拭いは自分でしましょうね、ということです。

もうだめだ。俺は本を読むのは大っ嫌いなんだ。ああ、どうして今日まで課題の本すら読んでおかなかったんだろう。バカ。俺のバカ。昨日の俺のバカ。一昨日の俺のバカ。一昨昨日の俺のバカ。バカバカバカ。…はっ、読んだことにしてしまえばいいんだ。俺は本が嫌い。本を読みたくない。それなら本を読まなければいい。本を読まない、でも本を読んだ。つまり架空の本を読んだことにすればいいんだ。なんだ、うん、俺って天才だ。読書感想文で読んだ本なんて、どうせ先生がいちいち探すことなんてしないだろうし。先生もそんな暇がないほど忙しいんだろう。ハハハ、ハハハ…。

お父さま、夏休みも残りわずかとなってきました。けれども残念なことに、私の夏休みの自由研究は一向に進まないのです。どうしてだかお分かりになりますか?シカゴへ出張していらしたお父さまが私はもう恋しくて恋しくて、朝起きてご飯を頂いてお友達と遊んで夜にはお父さまのことを想いながら眠りに就く毎日、それ以外のことにはちっともやる気が起きなかったのです。でももう心配は要りません。こうして大好きなお父さまの元気なお顔とまた会えたんですもの。ほっとして今までよりもきっと大きなことが出来るような気がしますわ。ええ、それで今年の私の自由研究は、カビについてと決めていました。ええ、カビです。おっきなお口のカバじゃありませんのよ。パンに生えるカビです。温度・湿度・食物・防カビ剤の有無とそれぞれ異なる環境を条件ごとにいくつか用意しまして、そこでカビの生え方を観察するというものです。いかがです、興味深い研究と思われますでしょう?そこでとても心強いお父さまに是非手伝って頂きたいことがあるのです。ええ、一人じゃとても心細くて…。全部やって下さる?

僕は何も悩むことなんてない。宿題が終わらなくたって、真っ黒なゴキブリの大群が空から降ってくるわけじゃない。決めた。僕は宿題なんてしないぞ。どんな偉い人にお願いされたってしてやるものか。何が宿題だ。宿題の何が大事なんだ。そもそも夏休みは休みの時なんだ。普段学校と勉強とに縛り付けられている僕の貴重なオフタイムなんだ。それを宿題で潰すなんてばかばかしい。くだらない。いや、言い訳なんかじゃないぞ。宿題すら出来ない人間はだらしがない?みんな涼しげな顔をして仕上げて来るのに一人だけ未提出?みじめ?そんなもの知るかってんだ。僕一人宿題が出来なかったからって、それに一体何の意味があるって言うんだ。宿題なんて糞食らえ。

すっかり日も暮れてしまった。気付くとさっきまであんなにうるさかったはずのセミも声を潜めている。晩夏。お祭りの太鼓の音も花火の音ももう聞こえて来ない。

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