茨城症候群

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yamamoto 2

  • 2007年7月28日 01:27
  • UFO

yamamoto

先生は「山本さんなんて知らない」と言いました。初めわたしは、先生が悪い冗談を言っているものだと思ったんです。だって、山本さんはクラスで一番目立つ上に出来のいい子でしたし、先生もとても真面目な性格でしたから、山本さんのことを知らないなんて酷い冗談を言うとは思えませんでした。けれども、先生の目には冗談のじの字も見えませんでした。先生は、本気で山本さんを知らないと言っていたんです。

まさかと思い山本さんの席を見ると、そこには山本さんの後ろの席だったはずの男子が自分の席のようにくつろいで座っていました。そしてその男子の後ろの席には、山本さんの二つ後ろの席だったはずの男子が座っていたんです。そしてその後ろも、その後ろの後ろも…。山本さんの席のあった列は、一つ席が少なくなっていました。まるで山本さんの席が一つ外されたかのように。いいえ、"まるで"ではありません。実際に山本さんの席がそのまま消えてしまっていたんです。そしてそれを誰も疑問にすら思わずに、いつもの通りに過ごしている。わたし以外は。

率直に言って、わたしにはわけが解りませんでした。どうして山本さんの席が消えて無くなっているんだろう、どうしてみんないきなり山本さんのことを忘れてしまったんだろう。まるで山本さんが初めからいなかったみたいに。そこでふと、わたしは昨日わたしが心の中で思ったことを思い起こしました。

―――山本さんなんか、いなくなっちゃえばいいんだ―――

まさか、まさか…。それは、わたしが一時の怒りで感じただけのことなんです。決して本心から山本さんに消えて欲しいと思ったわけではないんです。もちろんそのくだらない思いが通じてしまったなどとは思えませんし、思いたくはありません。でも、実際にその思い通りに山本さんは消えてしまったんです。

その日、わたしは不思議な気持ち、これは夢なのかも知れない、でも夢にしてはその他の事実があまりにも現実的過ぎて歯がゆく思う気持ちにとらわれたまま、学校での一日を過ごしました。当然、授業はぼーっと眺めているだけで、話の内容も耳から反対の耳へと通り抜けていくだけでした。ずっと、どうして山本さんはいなくなってしまったのか、それだけを考え続けるしかなかったんです。

そんな調子でしたから、わたしは友達にも変な様子に思われました。山本さんについて考えていたと答えても、誰一人として知っていると答える人はいませんでした。それどころか、奇妙な視線を浴びることになってしまったんです。そう、ちょうど山本さんに、わたしがUFOを見たと言っていたことを言いふらされた時のように。しかし冷たい視線なんてもう気にもなりませんでした。わたしの頭の中は、山本さんのことでもう一杯だったんです。

学校の帰りに、わたしは山本さんの家へと立ち寄ろうと考えました。学校では山本さんはいなくなったことになっていましたが、それは学校側の何かの都合のせいなのかも知れません。だから家では山本さんは元気でいるのかも知れない。そう思って、どきどきしながら山本さんの家へと向かいました。

ところが山本さんの家は、文字通り跡形もなく綺麗さっぱり無くなっていました。取り壊されて更地になったのではありません。山本さんの家がそこにあったことすらも、無かったことにされていたんです。学校で起きたことと、全く同じでした。山本さんの家だった空間ごと、私たちの住む世界の次元から切り取られて、そこにぽっかり空いた隙間が周囲の空間で埋め合わせられていたんです。

わたしは山本さんの家があるはずだった場所の前で、おろおろと立ちすくんでいました。山本さんの家の両隣だった家が、山本さんの家を忘れてしまったかのように隣り合って並んでいました。そんな光景を目の前にして、わたしはどうすればいいのかおろおろと戸惑うしかできませんでした。

わたしの一番の友達だった山本さん、その明るく暖かかった存在が、学校でも、学校の外でも、わたし以外の人の記憶の中では無かったことになっている。そしてみんなの記憶の中からのみならず、この世界の空間からもすっぽりと消し去られている。わたしが一緒の時間を過ごした山本さんという存在は、もしかするとわたしの、わたしだけの幻想に過ぎなかったのかも知れない。でも、決してそんなはずはないのに。わたしの思い出の中では、山本さんはしっかりと存在している。そして山本さんはまぶしい笑顔を振りまいている。山本さんとみんなで過ごした楽しい時間は、今でもわたしの宝物。なのに、なのに…。

考えれば考えるほど湧き上がる理不尽な思いに駆られて、わたしはとうとう泣いてしまいました。まるでわたしの頭の中にある山本さんとの思い出が、温かい水滴となり涙に混じってこぼれていく感覚でした。いけない、それじゃ大切な大切な山本さんとの思い出が消えてしまう。泣いちゃだめだ。そう思ってはいても、涙は一向に止まりません。ぽろぽろとこぼれる熱い涙をどうしようもできないまま、わたしは消えた山本さんの家の前でただ立ち尽くすしかありませんでした。

そこに左の路地から自転車がふらふらと走ってきて、わたしの横で止まりました。誰かと思い顔を上げると、わたしのお兄ちゃんでした。

「お兄ちゃん…」

わたしはお兄ちゃんの顔を見て何だかとてもほっとした気分になり、思わず抱き付きました。ちょうど見ず知らずの町で一人迷子になった子供が、人混みの中からよく見慣れた母親の顔を見つけ出した時の気持ちに似ています。わたしの今の状況は、まさに見ず知らずの町に置かれた迷子でした。山本さんという存在一つが消えただけで、わたしの心持ちも普段の町並みもがらりと変わってしまったんです。

いつもなら抱き付きもしないわたしが泣きながら抱き付いてきたんですから驚いたんでしょう、お兄ちゃんは少しぎょっとした表情をして何があったんだとわたしに訊きました。

「山本さんが、いなくなっちゃったの…」

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