茨城症候群
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- 2007年6月 3日 23:55
やあ…。こうしてぼくの言葉が解る人と話すのは久しぶりだなあ。こんな薄暗い場所に人が来ること自体、この数年じゃ珍しいことになってしまったからね。もうこのまま粗大ゴミと一緒に捨てられちゃうんじゃないかと思ってたんだけど…。またこんな風に誰かと話を交わすことができて、本当に嬉しいよ。
ちょっと君の顔をよく見てみたいな。悪いけど、目のところに積もっているホコリを払ってくれないかな。うん、ありがとう。ああ、ダメみたいだ。右目の配線が断線しているのかな。ノイズが激しくて、よく見えないや…。
ぼくはもう何十年も前に、当時の最先端の技術を注がれて作られた、まあいわゆる人型ロボットのはしりってやつさ。人型っていっても、この見た目だと全然人間には見えないけどね。「不気味だ」とか「キモい」とか言われたりもしたもんだよ。でもね、ぼくはぼく自身に大きな誇りを持ってるんだ。だって、ぼくを通じた研究の成果が、その後のロボット工学の発展に寄与していったんだから。いくら見た目が気持ち悪くたって、ぼくの存在が今の技術の礎になってるんだから、これ以上ない誇りだよ。
今でこそロボットなんて当たり前のように存在しているけれど、ぼくが作られた時はずいぶん騒がれたもんだったなあ…。ぼくのお披露目の日に、マスコミのカメラが何十台も並んでぼくの動く様子を撮っていたんだ。人もたくさん来て、いいように触られたり動かされたりしたなあ。ああ…懐かしいな。
お父さんたちは、ぼくを作り上げて初めてぼくがまともに動いた時、とても喜んでくれた。お父さんたちの笑顔を見て、ぼくも嬉しかったね。作られた甲斐があったというものだよ。ぼくはお父さんたちにもっと喜んでもらうために、お父さんたちの笑顔をもっと見るために、ぼくに埋め込まれたプログラムに許される範囲で一生懸命に働いた。本当に、一生懸命に。
お父さんたちの設計が優れていたおかげで、ぼくは大きな故障をすることもなく研究用のロボットとして働くことができたんだ。お父さんたちには、とても感謝してるよ。お父さんたちにとって、ぼくは役立つロボットになれたはずなんだから。
でも、年月が経っていくごとに、ぼくの出番は少なくなっていった。まあこれはロボットだけじゃなくて機械にとって仕方ないことなんだけど、いつの間にかぼくはとんでもない型遅れになっていたんだよ。お父さんたちも、たまにぼくを持ち出す時も重たそうにして、その、嫌々と運んでいたように見えた。そりゃそうさ。ぼくより新しいロボットなんて、たかが数年前に作られたぼくよりも何十倍も性能がいいし、小さくて軽いからね。見た目も気味悪くないし。
つまり古くなったぼくは、お父さんたちに嫌われてしまったんだ。もう目新しい研究の材料にもなれなくなってしまってたし、お父さんたちにとってはもうぼくはがらくたの金属のかたまりでしかなかったんだろうね。寂しかったかって?そりゃあね。でもぼくはお父さんたちに「ぼくは寂しい」なんて伝える手段も持ってなんかいなかった。ぼくはお父さんたちの研究のための、研究のためだけのロボットとして作られたんだから、感情を伝える手段なんてもちろんいらなかったんだよ。
お父さんたちは次々と新しいロボットを開発して、とうとうぼくのことなんて触れもしなくなったさ。あれはいつだったかな、お父さんの一人が事務の職員さんに、ぼくをこの暗い倉庫へ運ぶように言っていた。もうぼくの名前すら思い出せなかったみたいだったな。ぼくのこと、「あの古いニンギョウ」って呼んでたからね。古いのは仕方ないとして、ニンギョウなんて呼ばれたんだよ。ぼくはニンギョウじゃない。ロボットなのに…。
それからぼくはここで長い間暮らしてきたんだ。いつからかもう寂しくもなくなったよ。ここがぼくの住処なんだ。がらくたなぼくの居るべき場所なんだ。そう言い聞かせながらね。今ではネズミやゴキブリとも友達さ。ぼくを囓るのだけはやめて欲しいけど…。
…ところで君は、何をしにこの倉庫へ来たの?え?解体業者?
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