茨城症候群

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にんげんっていいな

  • 2007年5月30日 20:27

僕は金魚なんですけど、人間は金魚が一匹一匹、それぞれ違う考え方を持っているということに気付いていませんね。"金魚"と一言で言えば、金魚の全部を指して言えたつもりになって喜んでいるんです。金魚なんてただ口をぱくぱくしていればそれで生きることに満足しているとでも思っているんでしょう。困ったものです。

金魚の立場から言わせてもらえば、全くそんなこたあありません。どんな金魚にだって、人間で言うところの人格があるんです。魚格とでも言うんですかね。それに四六時中自分の口をぱくぱくさせることだけを考えて生きている訳じゃありません。僕たちはそんな悠長に生きちゃなんかいない、必死なんです。

そう言えば水槽の友達がさっき言っていましたよ。人間は身勝手だって。まあそんなことは分かり切ったことですから、今さらそれが本当かどうか論じる必要もないでしょう。口では愛護愛護言いながら、体では愛護の欠片もない扱い方をしていて、それで何とも思っちゃいないんです。愛護の一つも通すことができないのなら、初めから愛護なんて言わなきゃいいんです。

僕と僕の兄弟たちは、夏のお祭りの屋台でビニールの丸いプールにびっしりと押し込まれて生け捕りゲームのおもちゃにされたこともありましたが、その時は酷かったですね。ああおぞましい。思い出したくもありません。あのぬるい水の中で、何百匹という金魚が所狭しと泳いでいるんですよ。酸素不足もいいところです。これが人間ならどうなんですか。乗車率200%の田園都市線なんてもんじゃないでしょう。

兄弟のうちの一匹は、まあそれはそれは可哀想な目に遭いました。あんな狭ッ苦しい場所にいるものですから、いち早く抜け出したいと思ったのでしょう、彼は生け捕りのモナカがプールの中へ突っ込まれると、自らそこへ泳いで行って捕らわれようと画策していました。彼は勇気があり、賢かったんですね。僕や他の臆病な金魚たちなんかは、苦しみに溺れるよりも捕らわれるのを恐れて、モナカには一切近付こうとしませんでしたから。

まあ勇敢な行動は実際に実りを伴うことは少ないもので、彼の勇気にも関わらず彼は捕らえられることがありませんでした。いつでもモナカは彼から遠ざかるのです。おそらく捕まえる側の人間が、逃げる金魚ばかりに目が行ってしまい、近付く金魚は興味の対象とはならなかったんでしょうね。突っ込まれたモナカに近付く、近付いてはモナカが離れていく。それを何十回か繰り返しているうちに、やがて彼のエラ呼吸も荒くなっていきました。

そこへ何やらゆっくりと不穏な動きをしたモナカが突っ込まれたんです。水面から顔を出してモナカを操る人間を眺めると、どうもこれは幼い子供らしい。やあこれは逃げるも捕らわれるもチャンスだ、と勇気ある金魚の兄弟君の方を見てみると、彼も僕よりも鋭くそう感じていた様子で、モナカが突っ込まれると同時にその方向へと泳ぎ急いで行きました。

ところが突然行動パターンを変えるのが人間の恐ろしいところ。僕たち金魚にとっちゃ、そうした予測不能なことは大の苦手なんです。モナカは突然、水面をぺちゃぺちゃと激しく叩き始めました。こんなことは初めてでしたから、僕たちは当然戸惑い、プール中は大騒ぎとなりました。勇敢な彼はどうなったか辺りを見回しましたが、何しろ水面が上下左右大混乱していましたから、彼がどこにいるのかすら分かりませんでした。

やがて水面が静かになりました。そしてモナカが散り散りになってそこら中へ浮いているのが見えました。僕たち金魚にとって、モナカは好物とは言えませんが貴重な食料なんですね。ですから生け捕りが失敗すると役目を終えたモナカをみんなで我先にと食べに行くんです。もちろんその時もモナカの残骸へと向かいましたが、いつもと様子が違います。そこらじゅうに、おかしな匂いがしたんです。

勘のいい人ならお分かりでしょう。僕の口からは、あんな悲惨な出来事はとても言えません。ただ言えることは、僕の勇敢な兄弟がどうしてあのような最期を迎えなければならなかったのかという悲しい疑問と、理不尽な人間に対する大きな怒りだけです。

まあとにかく、人間というものはずいぶんな生き物です。僕は正直、人間が羨ましくて仕方ありませんね。

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