茨城症候群

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chase

  • 2007年5月27日 17:50

今日の昼のことでした。

私が映画館の帰りに国道から一つそれた道を歩いていると、頭を剃り上げて逆三角形のサングラスを掛けたおかしな半裸の男どもが手を挙げながら私の後ろからどたどたと走って来ました。20人ほどの彼らは、皆一様に理解不能な奇声を上げながらこちらへ走って来るのです。私は驚きました。そして彼らが私の後を走る理由を考えるより先に、本能によって私は彼らから逃げていました。

しばらく彼らに追われる形で私も走っていましたが、ようやくこの状況の理不尽さに気付きました。彼らは私を捕まえようと私を追い掛けているのだろうか?私は自分が追われるような理由を考えましたが、そんなやましいことは何一つしていないつもりですし、あのような危険な人達と接触した覚えもありません。実際は、私を追っているのではなくて、単に私の歩く方向が彼らの目的の方向と同じだけなのではないかと考えました。

それならばと、私は十字路を狭い人気のない道に曲がりました。彼らが私を追っているのではないのなら、私が道を曲がったところで彼らが曲がることはないのでしょうから、それを期待していました。しかし、驚いたことに彼らは私の曲がった道を曲がり、なおも私の後を走って来るのです。私はついに確信してしまいました。彼らは、私を追っているのです。

そう気付いてしまった以上、私は何としても彼らに捕まるわけにはいきません。彼らが私を捕まえてどうするのかは知りませんが、あんな見た目の堕落した人間達のことです、どうせろくなことなどしないのでしょう。最悪の場合殺されるかも知れませんし、そうでなくても変な悪戯をされるに決まっています。私は、逃げ切らなければならない。道を右に左に曲がり、私は全速力で逃げました。

ところがいくら逃げても、彼らは私を追うことを止めようとしません。それどころか、だんだんと彼らの走る速度が上がっているのです。私は息を切らしながら、言いようのない恐怖を覚えました。彼らは変な外見の割に、体力があるようです。誰が言い出したのかは知りませんが、「健全な身体には健全な精神が宿る」のではなかったのですか?困ったものです。

疲れと恐怖の中で、私の気持ちは次第に絶望へと変わっていきました。もう彼らと私との距離は、数メートルを下回っていました。どたどたという足音が限りなく近くなり、私が彼らに捕まるのがそう遠くない未来であることも分かってしまいました。私が十字路を渡ったとき、すぐ横からパトカーが飛び出して彼ら全員を残らず逮捕してくれればいいとも思いましたが、物事はそう都合良くは行かないことは分かっています。私は、このまま捕まってしまうのです。

そして、私は全てを諦めました。私が走ることを止めたとき、心臓の鼓動は、今までにないほどに高まっていました。もしも私が鋭利な刃物を持っていたとしたら、今すぐに自分自身の喉を突いてしましたいぐらいでしたが、生憎そのようなものは持ち合わせていませんでした。やはり物事は都合良くは行きません。短かった私の人生。私を育ててくれて、見守ってくれて、ありがとう。私は地面に顔を伏せ、彼らに捕らえられるのをただ待ちました。

ついに私に追いついた彼らは、路上に伏せている私を取り囲みました。ああ、私はこれから犯されるのです。痛め付けられるのです。殺されるのです。お願いだから、苦しまずに済むように、すぐに楽にさせて…。

「落とし物です」


私は家に着いた後、汚れ一つない真っ白なハンカチを広げて眺めました。落とし物はしない方がいいということに改めて気付かされた一日でした。

illusion

  • 2007年5月28日 22:50

「あなたは霊を信じますか?」

突然の大きな声が、良く晴れた初夏の昼間の午後の心地よいひとときを勢い良く突き破った。僕はその時、いつものように部屋で"午後は○○おもいッきりテレビ"を点けながら昼寝をしていたが、そんな大声が窓の外から聞こえたものだから、驚いて飛び起き、窓から外の様子を窺った。

僕の部屋はアパートの三階にあって、窓の外にはベランダも何もない。僕が窓から顔を出しながら上下左右を見渡すと、そこにはいつもと変わらない昼間の午後が広がっている。大声を出すような人間も何もいない。窓から外へ出れば、十メートルほど下の地面に落ちるしかないのだから、一体あの声がどこから発せられたのかは明らかにならなかった。

まあ幻聴でも聞いてしまったのかも知れない。いや幻聴なんかじゃない。幻聴が聞こえてしまうほど、僕はまだおかしくなっちゃいないのだ。どうせ寝ぼけてみのもんたの声を窓からの声と聞き違えたのだろう。嫌なみのもんただ。僕は昼寝を続けることにした。

「あなたはー、あなたは霊を信じますか?」

何分か経って、また同じような大きな声が聞こえた。同じ声を二度も聞けば、その声の質を嫌でも覚えてしまう。中年の男性が何かの集会で抗議文を読み上げるような調子の声だ。みのもんたの声じゃない。これは明らかに、僕の知らない誰か個人の声だ。

僕は初め、その声が何を意図しているのか解らなかった。何を言っているのかなら解っている。その声は僕に、霊の存在を信じているか否かを問うている。ただ、その言葉が何故僕の部屋の窓の外から聞こえてくるのか、霊を信じていることの意味を僕に問うことに一体何の目的があるのか、解らなかった。一言で言えば、訳が解らない。当然だ。

念の為に、僕はもう一度窓から顔を出して外の様子を確かめた。やはりそこには、いつもと変わりない風景が見える。いつもと変わりない――僕に投げかけられるあの奇妙な声以外は。僕は僕の心のどこかに、焦りにも似た戸惑いが生じ、それがどんどん広がっていることを感じ始めた。この出来事が、いずれ重大な結果を招くことになるのかも知れない。そうなのであれば、あの声は死神たる悪霊の声だ。悪霊の声など聞かずに済むものなら聞きたくもない。しかし、二度あることは三度ある。

「あなたはッ、あなたは霊を信じているんですか?」

その声はますます荒ぶりが激しくなり、上ずった調子になっている。何を慌てているのかは知らないが、僕にはそれが却って不気味に思えて仕方がなかった。もしもここで僕が何か相手にとって都合の悪い行動を起こした時、何をされるか分かったもんじゃない。何せ相手は死神なのだから。こちらの命を奪うことなど、死神にとっては何の苦労も必要ないのだ。

「霊を信じているんですか?いないんですか?」

反応してはいけない。反応すれば、僕の命はない。

「あなたは信じますか!?霊というものを信じますかッ!?」

例えうるさくとも、絶対に、反応してはいけない。反応すれば、死神の思う壺だ。死神は、僕が罠にはまるその瞬間を狙っている。これは挑発に過ぎない。挑発に過ぎないんだ。挑発には乗ってはいけない。

「一体あなたはどうなんですか!!霊を信じるんですかッ!!?信じないんですかッ!!?」

うるさいうるさいうるさい。僕はもうそれまでの考えを改めることにした。この声は不気味なんて大層なものじゃない、ただうるさい、しつこい、迷惑なだけじゃないか。何が悪霊だ。何が死神だ。ああ、くだらない。これが、僕の答えだ。

危うく僕はもうすぐで本当に頭がおかしくなるところだった。見えないものを見てはいけない、聞こえないものを聞いてはいけないのだ。信じない者こそ救われる。

injection

  • 2007年5月29日 21:22

痩せこけた貧相な青年が一人、蒼白い顔をしながら私の診察室へ慌てたように飛び込んで来た。

「助けて下さい。ほんと、助けて下さい、先生。

夜は眠る時間だということは分かっています。実際、僕も寝床に就いているんです。布団を被って、目を閉じるんです。そして、意識が僕の身体から離れてどこか遠く、夢の世界というものがあればそこかも知れません、とにかく苦痛だらけの現実とは全く関係ない所へ飛んで行くのをずっと待っているんです。

けれど、眠れないんです。目は冴えたまま、頭も覚醒したまま、夜が明けて鳥のさえずりが聞こえるまで、僕はひとときも眠れずに布団の中で無駄な時間を過ごしているんです。毎晩毎晩この様子ですから、この十三日の間、僕は眠りというものを全く知りません。

そのうち睡眠不足で死んでしまうのではないかとも思っていますが、睡眠不足で死亡した例というものは聞いたことがありません。いくら何日間も眠くならないといっても、人間ですから限界というものがあるはずです。きっと身体が限界に至る前に眠くなり、目出度く眠ることができるんでしょう。

でも、僕は眠くならないんです。眠れずに夜を明かしても、昼間に眠気が僕を襲うこともありません。そうして一日中眠らず、またその夜も眠れず、その次の昼も眠くならず、その次の夜も眠れず、…。この忌々しい不眠サイクルを繰り返して、僕は十三日間、延べ三百十二時間を鬱々と過ごして来ました。

今日も眠ることができなければ、明日でもう十四日、二週間にもなります。これはどういうことなんですか?これは何かの罰なんですか?罰だとしたら、こんな酷い苦しい罰に似合う罪な行いを、僕が一体いつどこでやってしまったと言うんですか?

自分で言うのも甚だ愚かしいことですが、僕は一生懸命に、真面目に、忠実に生きて来たつもりです。"他人に優しく、自分に厳しく"をどこまでも愚直に実践して生きて来たんです。それがどうして。どうしてこんな仕打ちを受けることになるんですか。

こんなことになることが分かっていたのなら、初めから善い人間になろうなんてこれっぽっちも思わなかったことでしょう。どうせ同じ辛さを味わう羽目になるのなら、自分を律して生きるなんて馬鹿のすることです。僕は自ら好んで馬鹿になるような人間じゃありません。

ですからお願いです、先生。眠れない可哀想な僕をもういい加減眠りに就かせて下さい。ぐっすりと眠れる薬でも何でも使えるんでしょう?今すぐ、早く僕を眠らせて下さい」

青年の訴えを聞いて、私は小さな溜め息を吐き、助手を呼んだ。助手はにやにやしながら、隣の部屋からこちらへ向かって来て、私の耳元で囁いた。

「今夜はお祭りですね」

「ああ」

にんげんっていいな

  • 2007年5月30日 20:27

僕は金魚なんですけど、人間は金魚が一匹一匹、それぞれ違う考え方を持っているということに気付いていませんね。"金魚"と一言で言えば、金魚の全部を指して言えたつもりになって喜んでいるんです。金魚なんてただ口をぱくぱくしていればそれで生きることに満足しているとでも思っているんでしょう。困ったものです。

金魚の立場から言わせてもらえば、全くそんなこたあありません。どんな金魚にだって、人間で言うところの人格があるんです。魚格とでも言うんですかね。それに四六時中自分の口をぱくぱくさせることだけを考えて生きている訳じゃありません。僕たちはそんな悠長に生きちゃなんかいない、必死なんです。

そう言えば水槽の友達がさっき言っていましたよ。人間は身勝手だって。まあそんなことは分かり切ったことですから、今さらそれが本当かどうか論じる必要もないでしょう。口では愛護愛護言いながら、体では愛護の欠片もない扱い方をしていて、それで何とも思っちゃいないんです。愛護の一つも通すことができないのなら、初めから愛護なんて言わなきゃいいんです。

僕と僕の兄弟たちは、夏のお祭りの屋台でビニールの丸いプールにびっしりと押し込まれて生け捕りゲームのおもちゃにされたこともありましたが、その時は酷かったですね。ああおぞましい。思い出したくもありません。あのぬるい水の中で、何百匹という金魚が所狭しと泳いでいるんですよ。酸素不足もいいところです。これが人間ならどうなんですか。乗車率200%の田園都市線なんてもんじゃないでしょう。

兄弟のうちの一匹は、まあそれはそれは可哀想な目に遭いました。あんな狭ッ苦しい場所にいるものですから、いち早く抜け出したいと思ったのでしょう、彼は生け捕りのモナカがプールの中へ突っ込まれると、自らそこへ泳いで行って捕らわれようと画策していました。彼は勇気があり、賢かったんですね。僕や他の臆病な金魚たちなんかは、苦しみに溺れるよりも捕らわれるのを恐れて、モナカには一切近付こうとしませんでしたから。

まあ勇敢な行動は実際に実りを伴うことは少ないもので、彼の勇気にも関わらず彼は捕らえられることがありませんでした。いつでもモナカは彼から遠ざかるのです。おそらく捕まえる側の人間が、逃げる金魚ばかりに目が行ってしまい、近付く金魚は興味の対象とはならなかったんでしょうね。突っ込まれたモナカに近付く、近付いてはモナカが離れていく。それを何十回か繰り返しているうちに、やがて彼のエラ呼吸も荒くなっていきました。

そこへ何やらゆっくりと不穏な動きをしたモナカが突っ込まれたんです。水面から顔を出してモナカを操る人間を眺めると、どうもこれは幼い子供らしい。やあこれは逃げるも捕らわれるもチャンスだ、と勇気ある金魚の兄弟君の方を見てみると、彼も僕よりも鋭くそう感じていた様子で、モナカが突っ込まれると同時にその方向へと泳ぎ急いで行きました。

ところが突然行動パターンを変えるのが人間の恐ろしいところ。僕たち金魚にとっちゃ、そうした予測不能なことは大の苦手なんです。モナカは突然、水面をぺちゃぺちゃと激しく叩き始めました。こんなことは初めてでしたから、僕たちは当然戸惑い、プール中は大騒ぎとなりました。勇敢な彼はどうなったか辺りを見回しましたが、何しろ水面が上下左右大混乱していましたから、彼がどこにいるのかすら分かりませんでした。

やがて水面が静かになりました。そしてモナカが散り散りになってそこら中へ浮いているのが見えました。僕たち金魚にとって、モナカは好物とは言えませんが貴重な食料なんですね。ですから生け捕りが失敗すると役目を終えたモナカをみんなで我先にと食べに行くんです。もちろんその時もモナカの残骸へと向かいましたが、いつもと様子が違います。そこらじゅうに、おかしな匂いがしたんです。

勘のいい人ならお分かりでしょう。僕の口からは、あんな悲惨な出来事はとても言えません。ただ言えることは、僕の勇敢な兄弟がどうしてあのような最期を迎えなければならなかったのかという悲しい疑問と、理不尽な人間に対する大きな怒りだけです。

まあとにかく、人間というものはずいぶんな生き物です。僕は正直、人間が羨ましくて仕方ありませんね。

holy shit

  • 2007年5月31日 23:30

私はメソポタミア文明の起源について思いを馳せることが好きなのです。果たしてメソポタミア文明はどのようにして生まれ、発展し、他の文明に影響をもたらしたのか。メソポタミアの歴史についてあれこれと考察するだけでも、私は幸せでいられるのです。あっ、アリを踏んでしまいました。可哀想なことを…。

古くからメソポタミアでは農耕が盛んだったと言われています。チグリス川・ユーフラテス川に挟まれたメソポタミアの地は、土地に気候に恵まれ、まさに農耕に適した地であったのです。しかしその反面、数多くの勢力がその豊かな土地を巡り、争いを繰り広げていきました。あっ、またアリを…。この時期はアリが多くて困ります。踏みたくもないのに踏んでしまうのですから、私にとってもアリにとっても不幸というものです。

きっと自転車に乗ればいいのでしょう。アリを踏みつぶす瞬間も見ずに済みます。…やはり自転車は気持ちがいいですね。何より楽です。一漕ぎするだけで、歩くよりも遙かに効率良く前へ進むことができるのですから。

メソポタミアの地域は、現在で言うイラクなのですが、メソポタミア=イラクの歴史は古代から現在に至るまで争いの歴史と同義でありました。古くはその土地と文明の技術を、昨今では世界有数の石油埋蔵量を持つ油田地帯を巡り、その当時当時の覇権国家の侵略の対象となりました。ああっ!アリを車輪で踏みつぶしてしまいました。アリに気付いた時は、避けるにはもう遅すぎるのです。仕方がありません。自転車とアリの運命です。

果たして現在、イラン-イラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争を経て、メソポタミアの地は混乱の最中にあります。この混乱の責任がどこにあるかについては、誰の目にも明らかと言えるでしょう。彼らがこの文明発祥の地にもたらしたのは、安定でも平和でもなく、深い混乱のみなのです。ですからこの混乱を収めるには、人によっては駐留軍の撤退が最も妥当だと言いますが、私は…。またです。アリにはもう懲り懲りです。私はアリが憎いわけではありません。もちろんただ轢き殺したいわけでもありません。アリが私の行く先をのんびりと歩いているからいけないんです。もっともアリからすれば、彼らの行く先を私がものすごい勢いで突っ走るからいけないのでしょう。要は立場の違いです。どちらが悪いというものでもありません。

ゴキブリの例でも同じことが言えます。ゴキブリは人間を脅かしたくて気味悪がらせたくて、人間のいる所へその黒光りする身体を見せびらかしに出てくるわけではありません。ただ姿を現した場所が、人間のいる場所だったというだけなのです。それを私たちは気持ち悪いだの汚いだのキャーキャー言いながら、スリッパで叩いたり化学物質を噴霧したりして殺すのです。ゴキブリも不幸ですが、人間も不幸であると言えましょう。互いに相容れない存在がひとたび同じ場所へ鉢合わせる現実は、双方にとって不幸極まりないものであるのです。

アリと私にとって一番の解決策は、私とアリとの接点をなくせばいいのです。ですから私は今からバスへ乗ります。バスでなら、私自身がアリを踏みつぶすこともないのですから。…バスに揺られてみるのも、たまにはいいものです。料金こそ掛かりますが、体力を使うこともない、自転車よりも楽なものです。

さてメソポタミアですが、私は例え今現在駐留している兵力が撤退したとしても、また新たな混乱の波が押し寄せるのではないかと憂慮しています。もちろん撤退できればそれが一番の善策なのでしょうが。大量破壊兵器がどこにも見つからなかったといいますから、そもそも…。いや待って下さい、私は今バスに乗っています。突然思い付きましたが、アスファルトの上をアリが歩いていたとしたら…。おそらくバスは、私が自転車でアリを踏み潰すよりも、さらに多くのアリを轢き殺しているのではないのでしょうか?バスであれば私はアリの踏みつぶされるのを見なくて済みますが、自転車との違いは単にそこだけで、実際はアリを踏みつぶすことに何の変わりもないのではないのでしょうか?

今こうして前を進んでいるバスが、アスファルトの上を歩くアリを、時速60kmで踏みつぶしているのかも知れない…。そう考えると、そんな訳がないとはとても思えなくなりました。ああ、きっとタイヤが真っ黒なのも、タイヤがアリを踏みつぶしてその色を吸い込んでいるからに違いありません。そして今、アリがまた踏みつぶされている。バスが、何十匹、何百匹というアリを、踏みつぶし、轢き殺している…。そしてそのバスに、私が乗っている…。私が乗るバスが、アリを、アリを…!

「もう限界です、運転手さん、バスを停めて下さい、ここでバスを停めて、私を降ろして下さい!」

「今すぐそんなことできるわけないでしょう、走行中ですからみだりに話し掛けないで頂けますか」

全く酷い運転手です。金さえもらえれば乗客なんてどうだっていいのでしょう。こういう融通の利かない人とは話にもなりません。私は走行中のバスの窓を開け、飛び降りました。もうアリを踏みつぶす苦悩に縛られることもありません。

私は自由になったのです。

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